「食道楽・春の巻」の版間の差分

提供: Tomatopedia
ナビゲーションに移動 検索に移動
 
(同じ利用者による、間の14版が非表示)
1行目: 1行目:
 
__FORCETOC__
 
__FORCETOC__
 
[[File:Japanese Old Cook Books - Shokudouraku Haru no Maki in 1903.png|thumb|right|200px|『食道楽』春の巻]]
 
[[File:Japanese Old Cook Books - Shokudouraku Haru no Maki in 1903.png|thumb|right|200px|『食道楽』春の巻]]
'''食道楽'''(くいどうらく)は、村井弦斎の小説。
+
'''食道楽・春の巻'''(くいどうらく・はるのまき)は、明治36年(1903年)1月~12月まで報知新聞に連載された[[村井弦斎]]の小説『[[食道楽]]』で、のちに「春の巻」「[[食道楽・夏の巻|夏の巻]]」「[[食道楽・秋の巻|秋の巻]]」「[[食道楽・冬の巻|冬の巻]]」として出版された一つである。
また、同小説から派生した同名の演劇作品。
+
 
 +
== 緒言 ==
 +
 小説なお食品のごとし。味佳なるも滋養分なきものあり、味淡なるも滋養分饒きものあり、余は常に後者を執りていささか世人に益せん事を想う。
 +
然れども小説中に料理法を点綴するはその一致せざること懐石料理に牛豚の肉を盛るごとし。
 +
厨人の労苦尋常に超こえて口にするもの味を感ぜざるべし。
 +
ただ世間の食道楽者流酢豆腐を嗜み塩辛を嘗むるの物好あらばまた余が小説の新味を喜ぶものあらん。
 +
食物の滋養分は能くこれを消化して而て吸収せざれば人体の用を成さず。
 +
知らず余が小説よく読者に消化吸収せらるるや否や。
 +
 
 +
明治三十六年五月
 +
<br>
 +
<Div Align="right">於小田原 弦斎識</Div>
 +
 
 +
== 大隈伯爵家の台所 ==
 +
[[File:Shokudouraku Haru no Maki in 1903 - Okuma Hakushyakuke no Daidokoro.png|thumb|right|200px|大隈伯爵家温室内の食卓]]
 +
'''○大隈伯爵家の台所'''([[:File:Shokudouraku Haru no Maki in 1903 - Okuma Hakushyakuke no Daidokoro.png|口画参看]])<br>
 +
巻頭の口画に掲げたるは現今上流社会台所の模範と称せらるる牛込早稲田大隈伯爵家の台所にして山本松谷氏が健腕を以て詳密に実写せし真景なり。
 +
台所は昨年の新築に成り、主人公の伯爵が和洋の料理に適用せしめんと最も苦心せられし新考案の設備にてその広さ二十五坪、半は板敷半はセメントの土間にして天井におよそ四坪の硝子明取りあり。
 +
極めて清潔なると器具配置の整頓せると立働きの便利なると鼠の竄入せざると全体の衛生的なるとはこの台所の特長なり。
 +
口画を披く者は土間の中央に一大ストーブの据られたるを見ん。
 +
これ英国より取寄せられたる瓦斯ストーブにて高さ四尺長さ五尺幅弐尺あり、この価弐百五十円なりという。
 +
ストーブの傍らに大小の大釜両個あり。
 +
釜の此方に厨人土間に立ちて壺を棚に載のせ、厨人の前方板にて囲いたる中に瓦斯竈三基を置く。
 +
中央の置棚に野菜類の堆く籠に盛られたるは同邸の一名物と称せらるる温室仕立の野菜なり。
 +
三月に瓜あり、四月に茄子あり、根葉果茎一として食卓の珍ならざるはなし。
 +
下働きの女中、給仕役の少女、各その職を執りて事に当る。
 +
人も美しく、四辺も清潔なり。
 +
この台所に入る者は先ず眉目に明快なるを覚ゆべし。
 +
 
 +
 この台所にては毎日平均五十人前以上の食事を調う。
 +
百人二百人の賓客ありても千人二千人の立食を作るも皆なここにて事足るなり。
 +
伯爵家にては大概各日位に西洋料理を調えらる。
 +
和洋の料理、この設備に拠れば手に応じて成り、また何の不便不足を感ずる所なし。
 +
この台所のかくまで便宜に適したるはストーブにも竈にも瓦斯を用いたるがためなり。
 +
瓦斯なるために薪炭の置場を要せず、烟突を要せず、鍋釜の底の煤に汚れる憂もなく、急を要する時もマッチ一本にて自在の火力を得べし。
 +
物を炙り物を煮るも火力平均するがため少しくその使用法に馴るれば仕損ずる気支なし。
 +
費用は薪炭の時代に一日壱円五十一銭を要せしが今は瓦斯代九十五銭を要するのみ。
 +
即ち一日に五十六銭の利あり。
 +
然れども瓦斯の使用は軽便と清潔と人の手数とを省く点において費用の減少よりもなお大なる利益あり。
 +
 
 +
 文明の生活をなさんものは文明の台所を要す。和洋の料理を為さんものはよろしくこの新考案を学ぶべし。
  
 
== 目次 ==
 
== 目次 ==
15行目: 55行目:
 
*第九 豚料理 豚の寄生虫
 
*第九 豚料理 豚の寄生虫
 
*第十 豚の刺身 豚のソボロ
 
*第十 豚の刺身 豚のソボロ
*第十一 [[門違ひ]] 豚饂飩 豚大根
+
*第十一 [[門違ひ(食道楽)|門違ひ]] 豚饂飩 豚大根
 
*第十二 胃袋 拡張の原因
 
*第十二 胃袋 拡張の原因
 
*第十三 脳と胃 食物の中毒作用
 
*第十三 脳と胃 食物の中毒作用
27行目: 67行目:
 
*第二十一 大間違 芋羊羮
 
*第二十一 大間違 芋羊羮
 
*第二十二 芋章魚 章魚の柔煮 里芋蒸し
 
*第二十二 芋章魚 章魚の柔煮 里芋蒸し
*第二十三 お豆腐 葛の巧能 牛シチウ
+
*第二十三 [[お豆腐(食道楽)|お豆腐]] 葛の巧能 牛シチウ
 
*第二十四 秘伝 お多福豆
 
*第二十四 秘伝 お多福豆
 
*第二十五 心細さ
 
*第二十五 心細さ
34行目: 74行目:
 
*第二十八 物の味 長命の基
 
*第二十八 物の味 長命の基
 
*第二十九 誠実の人
 
*第二十九 誠実の人
*第三十 [[万年スープ]] 玉葱スープ
+
*第三十 [[万年スープ(食道楽)|万年スープ]] 玉葱スープ
 
*第三十一 牡蠣料理 フライ クリーム
 
*第三十一 牡蠣料理 フライ クリーム
 
*第三十二 料理の原則 日本人の食品
 
*第三十二 料理の原則 日本人の食品
83行目: 123行目:
 
*第七十七 豆と麦 香気と味と足
 
*第七十七 豆と麦 香気と味と足
 
*第七十八 大御馳走 三十六品料理
 
*第七十八 大御馳走 三十六品料理
*第七十九 三十六品 牛のシチユウ
+
*第七十九 [[三十六品(食道楽)|三十六品]] 牛のシチユウ
 
*第八十 岡目八目
 
*第八十 岡目八目
 
*第八十一 手製菓子 芋菓子 杏菓子
 
*第八十一 手製菓子 芋菓子 杏菓子
93行目: 133行目:
 
*第八十七 出迎ひ
 
*第八十七 出迎ひ
 
*第八十八 着京 オヤオヤ
 
*第八十八 着京 オヤオヤ
*附録
+
=== 附録 ===
 +
==== 日用食品分析表 ====
 +
*○穀類
 +
*○豆類
 +
*○根菜類
 +
*○葉茎菜類並ニ瓜類
 +
*○海草類
 +
*○果実類
 +
*○外国産果実類
 +
*○菌類
 +
*○魚類
 +
*○貝類
 +
*○軟体類
 +
*○哺乳類
 +
*○甲殻類
 +
*○鳥肉類
 +
*○鳥卵
 +
*○獣肉類
 +
*○野獣類
 +
*○牛乳
 +
*○料理法の書籍
  
 
== 関連項目 ==
 
== 関連項目 ==

2022年5月4日 (水) 21:36時点における最新版

『食道楽』春の巻

食道楽・春の巻(くいどうらく・はるのまき)は、明治36年(1903年)1月~12月まで報知新聞に連載された村井弦斎の小説『食道楽』で、のちに「春の巻」「夏の巻」「秋の巻」「冬の巻」として出版された一つである。

緒言

 小説なお食品のごとし。味佳なるも滋養分なきものあり、味淡なるも滋養分饒きものあり、余は常に後者を執りていささか世人に益せん事を想う。 然れども小説中に料理法を点綴するはその一致せざること懐石料理に牛豚の肉を盛るごとし。 厨人の労苦尋常に超こえて口にするもの味を感ぜざるべし。 ただ世間の食道楽者流酢豆腐を嗜み塩辛を嘗むるの物好あらばまた余が小説の新味を喜ぶものあらん。 食物の滋養分は能くこれを消化して而て吸収せざれば人体の用を成さず。 知らず余が小説よく読者に消化吸収せらるるや否や。

明治三十六年五月

於小田原 弦斎識

大隈伯爵家の台所

大隈伯爵家温室内の食卓

○大隈伯爵家の台所口画参看
巻頭の口画に掲げたるは現今上流社会台所の模範と称せらるる牛込早稲田大隈伯爵家の台所にして山本松谷氏が健腕を以て詳密に実写せし真景なり。 台所は昨年の新築に成り、主人公の伯爵が和洋の料理に適用せしめんと最も苦心せられし新考案の設備にてその広さ二十五坪、半は板敷半はセメントの土間にして天井におよそ四坪の硝子明取りあり。 極めて清潔なると器具配置の整頓せると立働きの便利なると鼠の竄入せざると全体の衛生的なるとはこの台所の特長なり。 口画を披く者は土間の中央に一大ストーブの据られたるを見ん。 これ英国より取寄せられたる瓦斯ストーブにて高さ四尺長さ五尺幅弐尺あり、この価弐百五十円なりという。 ストーブの傍らに大小の大釜両個あり。 釜の此方に厨人土間に立ちて壺を棚に載のせ、厨人の前方板にて囲いたる中に瓦斯竈三基を置く。 中央の置棚に野菜類の堆く籠に盛られたるは同邸の一名物と称せらるる温室仕立の野菜なり。 三月に瓜あり、四月に茄子あり、根葉果茎一として食卓の珍ならざるはなし。 下働きの女中、給仕役の少女、各その職を執りて事に当る。 人も美しく、四辺も清潔なり。 この台所に入る者は先ず眉目に明快なるを覚ゆべし。

 この台所にては毎日平均五十人前以上の食事を調う。 百人二百人の賓客ありても千人二千人の立食を作るも皆なここにて事足るなり。 伯爵家にては大概各日位に西洋料理を調えらる。 和洋の料理、この設備に拠れば手に応じて成り、また何の不便不足を感ずる所なし。 この台所のかくまで便宜に適したるはストーブにも竈にも瓦斯を用いたるがためなり。 瓦斯なるために薪炭の置場を要せず、烟突を要せず、鍋釜の底の煤に汚れる憂もなく、急を要する時もマッチ一本にて自在の火力を得べし。 物を炙り物を煮るも火力平均するがため少しくその使用法に馴るれば仕損ずる気支なし。 費用は薪炭の時代に一日壱円五十一銭を要せしが今は瓦斯代九十五銭を要するのみ。 即ち一日に五十六銭の利あり。 然れども瓦斯の使用は軽便と清潔と人の手数とを省く点において費用の減少よりもなお大なる利益あり。

 文明の生活をなさんものは文明の台所を要す。和洋の料理を為さんものはよろしくこの新考案を学ぶべし。

目次

  • 第一 腹中の新年 胃吉と腹蔵の問答
  • 第二 酒の洪水 おセチ料理
  • 第三 酔醒め 南京豆の汁粉
  • 第四 南京豆 葛入餅
  • 第五 嫁捜し
  • 第六 友人の妹
  • 第七 大食家
  • 第八 料理自慢
  • 第九 豚料理 豚の寄生虫
  • 第十 豚の刺身 豚のソボロ
  • 第十一 門違ひ 豚饂飩 豚大根
  • 第十二 胃袋 拡張の原因
  • 第十三 脳と胃 食物の中毒作用
  • 第十四 廃物利用 林檎料理 珈琲の煎方
  • 第十五 昨夜の夢 寝言の白状
  • 第十六 贈り物 妙な半襟
  • 第十七 お不在 失望
  • 第十八 芋料理 茶巾絞り 梅干和へ
  • 第十九 人の噂 鳥ソボロ 餅の切方
  • 第二十 大得意 お土産持参
  • 第二十一 大間違 芋羊羮
  • 第二十二 芋章魚 章魚の柔煮 里芋蒸し
  • 第二十三 お豆腐 葛の巧能 牛シチウ
  • 第二十四 秘伝 お多福豆
  • 第二十五 心細さ
  • 第二十六 名物 椎茸梅干、水飴其他
  • 第二十七 申込み
  • 第二十八 物の味 長命の基
  • 第二十九 誠実の人
  • 第三十 万年スープ 玉葱スープ
  • 第三十一 牡蠣料理 フライ クリーム
  • 第三十二 料理の原則 日本人の食品
  • 第三十三 東坡肉 百合の梅あへ
  • 第三十四 五味 春酸夏苦秋辛冬鹹
  • 第三十五 疑問
  • 第三十六 心の礼
  • 第三十七 鶏卵の半熟 其別法
  • 第三十八 玉子の善悪 寒玉子の不受精
  • 第三十九 食品の注意
  • 第四十 風流亡国論 玉子の鑑定
  • 第四十一 田毎豆腐 南京豆の煮物 蕗味噌
  • 第四十二 カツレツ 蜜柑葛掛 五つの液
  • 第四十三 鰻の中毒 鰻の毒物
  • 第四十四 流動物 胃病の食物 食物療法
  • 第四十五 食餌箋 カロリー表
  • 第四十六 病気全快 諸病の禁忌
  • 第四十七 杉の割箸 箸の効用
  • 第四十八 鯛スープ 頭と骨 焼きパン
  • 第四十九 イチゴ酒 スープの後
  • 第五十 梅干の功 魚のフライ
  • 第五十一 水道の水 鉛の中毒 中毒症状
  • 第五十二 無類の珍味 去勢鶏の肉
  • 第五十三 去勢術 雛鳥
  • 第五十四 肉の味
  • 第五十五 イチボ 牛の上肉
  • 第五十六 玄米の粥 滋養沢山 米と飯
  • 第五十七 勝手道具 銅器の害
  • 第五十八 書画骨董 必要物と贅沢物
  • 第五十九 似非風流 緑青中毒 青昆布
  • 第六十 才覚 軽便法
  • 第六十一 火の倹約 新式火鉢
  • 第六十二 手数 体外の手数 胃膓の手数
  • 第六十三 顔の色 内部より磨く
  • 第六十四 大至急 親の手紙
  • 第六十五 新しき家 借りる約束
  • 第六十六 嫁の宣告 恐れ入る
  • 第六十七 実行の任 血族結婚の害
  • 第六十八 村の誉れ 大評判
  • 第六十九 長手紙 胡桃餅
  • 第七十 父の同情
  • 第七十一 俄の旅立 一番汽車
  • 第七十二 新主人 心の愉快
  • 第七十三 今朝の飯 飯の炊方
  • 第七十四 色々の朝食 十日間の品物
  • 第七十五 十日に十色 飯と沢庵
  • 第七十六 醤油検査法 蛋白質の試験
  • 第七十七 豆と麦 香気と味と足
  • 第七十八 大御馳走 三十六品料理
  • 第七十九 三十六品 牛のシチユウ
  • 第八十 岡目八目
  • 第八十一 手製菓子 芋菓子 杏菓子
  • 第八十二 ワツフル 児童の慰み
  • 第八十三 小児の食物 軽焼餅
  • 第八十四 小児の衣服 蜜柑丸煮 牛ロース
  • 第八十五 軽い鍋 牛肉味噌吸物 午蒡蓮根
  • 第八十六 豚料理 豚饅頭 梅干酢 玉子ソース
  • 第八十七 出迎ひ
  • 第八十八 着京 オヤオヤ

附録

日用食品分析表

  • ○穀類
  • ○豆類
  • ○根菜類
  • ○葉茎菜類並ニ瓜類
  • ○海草類
  • ○果実類
  • ○外国産果実類
  • ○菌類
  • ○魚類
  • ○貝類
  • ○軟体類
  • ○哺乳類
  • ○甲殻類
  • ○鳥肉類
  • ○鳥卵
  • ○獣肉類
  • ○野獣類
  • ○牛乳
  • ○料理法の書籍

関連項目