三十銭料理(食道楽)

提供: Tomatopedia
ナビゲーションに移動 検索に移動
赤茄子の詰物

三十銭料理(さんじゅっせんりょうり)は、明治36年(1903年)に出版された村井弦斎の小説『食道楽秋の巻』で赤茄子が登場する項である。

第二百四十九 三十銭料理

 家庭料理は活用を尚たっとぶ。 上等にも適し下等にも適し、伸縮自在なるがお登和嬢の長所なり。 嬢は三十銭の料理について忽たちまち献立を案出し「小山さん、三十銭になりますと粗末ながら肉のスープが出せます。極く安直でスープに適当な場所というと牛の脛ですが、やっぱりブリスケと同じように一斤十八銭位ですから脛の肉を骨付のまま二斤買います。 それを五合の水へ入れて玉葱と人参を少し加えて四時間ほど弱い火で煮て折々アクを取りて二合五勺に煮詰めます。 スープを煮るのは火加減がなかなかむずかしいもので強過ぎてはならず弱過ぎても味が出ません。 始終同じ位な熱度で煮ないと好い味が出ませんけれどもそれは奥様がよく御承知ですから御如才はありますまい。 万年スープがおありですから貴郎のお家ではそれを精製して直ぐ出来ますけれども万年スープのない人のために献立を作りますと第一が牛の脛のスープで出来上った時塩胡椒で味を付けて御飯をパラパラと実に入れて出します。 それが四十銭かかりましょう。 その代り脛の骨から髄のマルボンというものを取れば二斤から二人前の美味い御馳走が取れます。 それを取るには最初骨の肉を削っておいて肉と一緒に骨を一時間ほど湯煮て、一旦骨を揚げて中の髄を抜き出します。 骨はそのままスープの中へ入れておきますがマルボンはトースパンへ載せて塩をつけて戴くと柔くって美味うございます。 これはホンのほまちですね、皆さんのお客へ行渡る訳には参りません。 スープの次はやっぱり鰯を使ってグレーに致しましょう。 それは鰯の頭を取り腸を抜いて塩と胡椒を当てておきます。 フライ鍋へバターを入れて少し焦げる位にしておいて今の鰯へメリケン粉をまぶしたものを入れてジリジリといためます。 一人前に二つずつ位生レモンか橙酢かあるいは柚でもかけて出しますとなかなか結構です。 これが二十銭位もかかりましょう。 第三番目が赤茄子の詰物でチキンシタフトマトと申します。 先ず若い雄鶏の二百五十目位なものを買ってその肉を肉挽器械で挽けば上等ですし、器械がなければ細かく叩いてその中へ大きな玉葱を一つ位山葵卸で擦り卸して、パンの一片を水で絞って揉み込んで、バター中匙一杯を加えて塩胡椒で味を付けてよく攪き混ぜておきます。 別に生の赤茄子の中位な処、即ち一斤に五つ位なのを買って熱湯をかけて皮を剥いて真中を括り抜きます。 その中へ今拵えた鳥の肉を詰めて上へパン粉をパラパラとかけてバターを少しばかり載せてブリキ皿へ並べたものをテンピへ入れて火を強くして十五分間位焼きます。 これはなかなか洒落たお料理で美味うございます。 もしや暑い日で暖い料理を好まなければ今の鳥をロース焼にしておいて肉を細かくして林檎の小さく切ったのか胡瓜かパセリーかと混ぜて、御存知のマイナイスソースで和あえて生の赤茄子へ詰めてそのまま出してもようございます。 これが十人前で五十五銭位かかりましょう。 マイナイスで和えるとモー少し余計にかかります。 そこで今度は四番目ですね、やっぱり肉料理ですが何に致しましょう」と嬢もまた思案を凝らしぬ。

『食道楽』秋の巻・第二百四十九

参考文献