牛肉柿子
牛肉柿子(シャグゥォニュウロウシーズー)は、中国東北部の料理(东北菜:ドンベイツァイ)に属し、黒竜江省、吉林省、遼寧省の料理として知られている。 調理においては、煮込み料理(炖菜:ドゥンツァイ)に分類される。
歴史
砂鍋(砂锅:シャグゥォ)を用いた料理は、明代(みん:1368年 - 1644年)の宮廷において美味とされた料理であり、清代(しん:1644年 - 1912年)の乾隆帝(けんりゅうてい:1735年10月8日 - 1796年2月9日)や西太后(せいたいこう:1835年11月29日 - 1908年11月15日)が宴会の際に珍重した鍋料理である。
清は、満洲(現在の黒竜江省)で建国し、漢民族を征圧して中国本土とモンゴル高原を統一支配した最後の王朝で、清の第6代皇帝であった乾隆帝は「これ珍味、最高の味わい」(此乃珍馐,味之一绝)と称賛したと言われている。 それ以来、砂鍋は都で大評判となった。 砂鍋は、宮廷料理の繊細さと庶民料理の素朴さを併せ持ち、味わい深い料理として現在も多くの人に親しまれている。
東北部の砂鍋文化
中国式の土鍋である砂鍋で調理される。 陶製の砂鍋は、金属製の鍋に比べて食材を均一に長時間じっくりと煮込むのに適しており、保温性に優れている。 中国語の「咕嘟」(グードゥ)は鍋が煮える様子である “ ぐつぐつ ” を現す擬音語だが、東北の方言では長い間、煮込み “ 炖 ”(ドゥン)を指す動詞であり、まさに砂鍋を現していると言ってよい。 砂鍋は東北部の人々にとって、寒さをしのぎ、体を温めるための重要な役割を担っている。
砂鍋を冠する専門店や提供する店は数多くあるが、近代的な店と古めかしく狭い店に分けられる。 どちらも比較的に安いものの、駅前のファーストフード店のように利用する場合は前者であり、地元民がこぞって通うのは後者である。 また、本場の雰囲気を味わおうとする外国人や食通が訪れる店も後者が多い。
ハルビンには “ 开奔驰,吃小吃 ” (メルセデス・ベンツを走らせ、小吃を食べる)という言葉があり、ベンツやBMWなどの高級外車が路肩に駐車され、店外の仮設テーブルで食する光景を目にすることができる。
東北部の砂鍋は、ご飯、油餅(油饼:ヨゥビン)と共に食す。 砂鍋を扱う店では必ず、東北風の皮つき豚の角煮(坛肉:タンロウ)がメニューにある。 砂鍋と坛肉はセットのようなもので、砂鍋をご飯と食べる場合、まずは小鉢に盛られた坛肉の煮汁をご飯に少々かけるのが慣例で、一種の儀式のようになっている。
牛肉柿子
砂锅牛肉柿子は、砂鍋でトマトと牛バラ肉を煮込んだもので、砂鍋を扱う東北部の店では定番のメニューであり、単に「牛肉柿子」とも呼ばれる。 トマトは中国では一般的に “ 蕃茄 ”(ファンチェ)と呼ぶが、北部では “ 西红柿 ”(シーホンシー)と呼ばれる。 この料理名の “ 柿子 ”(シーズー)とは、東北部ではトマトを指す。
日本の鍋料理や中国の火鍋のような大鍋料理ではなく、数人で一緒に食べる場合を除き、通常は小さな陶製の鍋で供される。 牛バラ肉とトマトは大きめにカットして用いられる。 トマトは固形として残ったフレッシュな味わいと加熱によってスープに溶け、牛肉の旨味や脂と調和し、とろみのある味わいを楽しめる。
米食文化を主とするアジア人であれば、牛肉柿子がご飯と合うことは想像に容易い。 牛肉柿子は、いわば中国式のトマトシチューであり、日本のカレーライス、ハヤシライスなどと同様、ご飯にかけて食すのも一般的である。
バリエーション
牛肉柿子(ニュウロウシーズー)は、トマトを使った砂鍋の筆頭的な存在である。 バリエーションは存在するが、圧倒的に牛肉柿子のみを提供する店が多い。 牛肉柿子を抜きにして提供する店はなく、あくまで食材の組み合わせによる複合的なメニューである。 以下は、東北部の3省(黒竜江省・吉林省・遼寧省)の違いや特徴を指すものではない。
- 牛肉柿子:牛肉とトマトの砂鍋。
- 牛肉柿子锅:牛肉とトマトの砂鍋。(鉄鍋で提供)
- 羊肉柿子:羊肉とトマトの砂鍋。
- 筋头柿子锅:スジ肉とトマトの砂鍋。
- 柿子丸子:トマトと肉団子の砂鍋。
- 羊肉柿子粉:トマトと羊肉と春雨の砂鍋。
- 鱼丸柿子粉:トマトと魚肉団子と春雨の砂鍋。
- 菠菜柿子土豆:ホウレン草とトマトとジャガイモの砂鍋。春雨入りの柿子菠菜粉もある。
- 砂锅鸡蛋柿子:溶き玉子を入れたトマトの砂鍋。
- 牛肉西红柿土豆:牛肉とトマトとジャガイモの砂鍋。
- 菠菜柿子粉丝锅:ホウレン草とトマトと春雨の砂鍋。
- Chinese Tomato Dishes -(牛肉柿子锅)Miu Rou Shi Zi Guo at 鑫鑫砂锅居 in Harbin, Heilongjiang.png
「牛肉柿子锅」
鑫鑫砂锅居
(黒竜江省・ハルビン市) - Chinese Tomato Dishes -(羊肉柿子)Yang Rou Shi Zi at 鑫旺老砂锅 in Harbin, Heilongjiang.png
「羊肉柿子」
鑫旺老砂锅
(黒竜江省・ハルビン市) - Chinese Tomato Dishes -(鱼丸柿子粉)Yu Wan Shi Zi Fen at 王氏砂锅油饼一绝 in Changchun, Jilin.png
「鱼丸柿子粉」
王氏砂锅油饼一绝
(吉林省・長春市)
東北部の砂鍋
東北部では定番の砂鍋がある。 黒竜江省、吉林省、遼寧省の中でも特に最北に位置する黒竜江省の省都であるハルビンの砂鍋が中心的に広く知られている。 砂鍋を扱う店によって、それぞれ人気メニューはあるが、実際は定番メニューとして多くの店でも提供されている。 東北部全体のスタイルから乖離している省はなく、メニューやスタイルに大きな違いはない。
主要となる食材は、豆腐、豚肉、牛肉、羊肉、肉団子、狮子头になる。 東北部の代表的な白菜の漬物(酸菜:スヮンツァイ)は、トマトの酸味がある牛肉柿子を除き、ほとんどの砂鍋に用いられる。 組み合わせられる野菜は、ホウレンソウの他、シイタケ、冬瓜、大根、ジャガイモなどがある。
- 酸菜五花肉:酸菜と豚バラ肉の砂鍋
- 酸菜排骨:酸菜と豚スペアリブの砂鍋
- 酸菜羊肉:酸菜と羊肉の砂鍋
- 牛肉酸菜:牛肉と酸菜の砂鍋
- 牛肉豆腐:牛肉と豆腐の砂鍋
- 牛肉柿子:牛肉とトマトの砂鍋
- 豆腐丸子:豆腐と肉団子の砂鍋
- 豆腐鸡块丸子:豆腐と鶏肉団子の砂鍋
- 菠菜丸子:ホウレンソウと豚肉団子の砂鍋
- 狮子头酸菜:巨大肉団子(獅子頭:シーズトゥ)と酸菜の砂鍋
- 狮子头豆腐:獅子頭と豆腐の砂鍋
- 狮子头菠菜:獅子頭とホウレンソウの砂鍋
- 砂锅豆腐:豆腐の砂鍋
- 排骨豆腐:豚バラ肉と豆腐の砂鍋
- 坛肉豆腐锅:東北風・皮つき豚の角煮(坛肉:タンロウ)と豆腐の砂鍋
- 骨架酸菜锅:豚の背骨、腰骨、肋骨などと酸菜の砂鍋。
定番の砂鍋
卓上調味料
通常、卓上には醤油、酢、辣椒油、干辣椒片や辣椒面(ラージャオメン:唐辛子粉)、胡椒、刻んだ香菜、皮つきのニンニクが用意されている。 ニンニクは皮を剥き1粒~2粒をご飯にのせ、砂鍋を味わいつつ、生ニンニクを適度な量かじり、一緒にご飯をほおばるスタイルも極めて一般的な流儀である。
定番
- 酱油:(ジィァンヨウ)生抽
- 黑醋:(ヘイツゥ)山西陈醋
- 白胡椒:(バイフージャオ)白コショウは、日本でもおなじみだが使う量が異なる。 酸菜ベースの砂鍋には大さじ1杯以上をどっさり入れるのが定番。
- 辣椒油:(ラージャオヨウ)中国のラー油。 日本の一般的なラー油とは異なり固形物が残留しているのが特徴である。
- 辣椒面:(ラージャオミェン)乾燥赤唐辛子粉。 粗挽きで種入りのものが多い。
- 大蒜:(ダースゥァン)ニンニクは、日本のラーメン店のように、すりおろしニンニクやニンニクの微塵切り、ガーリックプレスが置かれていることはない。 また砂鍋に直接投入するためのものではなく、あくまで砂鍋と主食、副菜などを味わいつつ、ニンニクをかじり、口の中で味の変化を楽しむためにある。
- 香菜:(シャンツァイ)は、日本では「パクチー」という名で知られるようになったことで、「香菜=エスニック料理」と思われがちだが、中国では広く使われている一般的なハーブである。 葉と茎とで分けられている場合もある。
その他
- 干辣椒片:(ガンラージャオピェン)は、丸のままの乾燥唐辛子や砕いたものを指すが、砂鍋店では炭化するぐらいまで煎り焼き(烧烤:シャオカオ)したものが多い。 烤辣椒(カオラージャオ)とよばれることもある。
- 黑胡椒:(ヘイフージャオ)黒コショウは白コショウより比較的少ない。
- 盐:(イェン)塩。
- 味精:(ウェイジン)中国の化学調味料(グルタミン酸ナトリウム)。
定番の主食と凉菜
主食
砂鍋を扱う店は古めかしく簡素な佇まいの店舗でも人気店は多く存在する。 主食とは一般的な概念では炭水化物を指すが、砂鍋を食す場合、白飯と坛肉(タンロウ)は一種の風習、しきたりのようになっており、小さな店では坛肉も主食(主食:ヂュシー)の中に表記されている。
白飯には坛肉の煮汁をかける。 この行為は慣例となっているため、店側が先んじて行う場合もあるが、あくまでメニュー表記は白飯(米饭:ミィファン)である。 また、ポットに煮汁(肉汤:ロウタン)を用意している店は稀で、ほとんどの客が坛肉を注文して行う。
白飯の次に油餅(油饼:ヨウビン)が必須として挙げられる。 油餅のない砂鍋はありえないとされており、白飯は絶対的に注文するが、さらに別で焼きたての小麦の風味の高い油餅を注文し、スープに浸して砂鍋を楽しむ。 この相互関係は白飯は主食であり、油餅はスナック感覚である。
砂鍋の三本柱
- 米饭:白飯に坛肉の煮汁をかけた「汁かけご飯」は “ 米饭浇汤 ” または “ 肉汤泡饭 ” と呼ばれる。
- 油饼:小麦粉の生地を薄くのばして焼いたもの。
- 坛肉:東北風・皮付き豚バラ肉(带皮猪五花肉)の角煮。 店によっては脂身の多い豚バラ肉(五花肉:ウーファロウ)と脂身の少ない肉(痩肉:ショウロウ)を選ぶこともできる。
凉菜
冷菜(凉菜:リャンツァイ)は、中国の東北地方が発祥とされ、その歴史は周や秦の時代以前までさかのぼる。 そのため、東北部では冷菜の種類が多く、店ではメニューに必ず “ 凉菜 ” という独立した欄がある。
小規模な砂鍋店であっても、冷菜は必ず数種はあり、東北部の伝統的な冷菜と家庭的な冷菜(家常凉菜:ジャーチャンリャンツァイ)がならぶ。 店によっては、これら個々の冷菜のメニュー表記は一切なく、冷菜は全て一律的な値段設定の店もあり、皿に数種を好きに盛って食べることができる。 また、冷菜に複数のメニューがある場合はその中に “ 家常凉菜 ” が表記されている店も多く、家常凉菜に使われる食材の厳密な定義はないものの、東北部の人々にとっては、いたって馴染み深いものが提供されている。
砂鍋や坛肉は肉類のため、冷菜は基本的に精進料理に近い植物性の軽いものであり、食事の場合では惣菜、サラダ、漬物のように小皿で注文する人も多い。 辛口に味つけした麺状の干豆腐(ガンドウフー)は白飯にのせて食べられることもあるが、これら冷菜のほとんどは酒の肴にもなる。 小規模な店では昼時の混雑する時間帯は店内でのアルコール類を禁止、または自粛を促す店もある。 屋外に仮設したテーブルで食べられる場合は、砂鍋、坛肉、白米、油餅と冷菜類を卓上に並べて酒盛りをする。
- 干豆腐:
- 油焖尖椒:甘唐辛子炒めの煮びたし。
- 炒咸菜丝:
- 炝拌海带丝:細切り昆布の和えもの。
- 炝土豆丝:千切りジャガイモの和えもの。
- 芹菜花生米:セロリとピーナッツの和えもの。
- 果仁菠菜:ナッツとホウレンソウの和えもの。
- 拌三丁:冷菜の三種盛り合わせ。
- 拌三丝:千切り三種盛り合わせ。
- 炖拌腐竹:湯葉と野菜の和えもの。
- 素鸡:鶏肉を模した大豆食品の煮つけ。 見た目は中国のは厚揚げ(油豆腐:ヨウドウフ―)に似る。
- 香辣藕片:レンコンの辛味炒め。 麻辣や酸辣と表記されることもある。
- 黑木耳:クロキクラゲの和えもの。
- 黄豆芽:家庭的なモヤシの和えもの。 ナムルに似る。
- 拍黄瓜:家庭的なピリ辛の叩きキュウリ。
- 酸辣卷心菜:キャベツを塩、ニンニク、唐辛子などで揉み込んだ家庭的なピリ辛の浅漬け。
その他の主食・热菜・凉菜
東北部では、砂鍋を基軸とする店と東北料理を基軸として砂鍋を提供する店がある。 その規模によって、さらに餅(饼:ビン)の種類が増え、東北部の代表的な料理が加わる。
主食
- 糖饼:
- 烧饼:
- 发面葱花饼:
肉类
- 狮子头:巨大肉団子。
- 扒肉:皮付きの豚バラ肉の煮込み。
- 酱大骨:豚ゲンコツ(猪大骨头)の煮込み。
- 肘子:豚スネ肉の煮込み。
- 熏肉:
- 酱鸡爪:鶏の足の煮込み。
- 虎皮鸡爪:鶏足のピリカラ炒め。
热菜
ローツァイ
- 锅包肉:
- 地三鲜:ナス、ピーマン、ジャガイモの炒めもの。
- 鱼香肉丝:豚肉の細切りピリ辛炒め。
- 蒜泥血肠:豚血のソーセージのニンニク風味。血肠蘸酱(シュエチャンヂャンジィァン)ともよばれる。
- 杀猪菜:
- 渍菜粉:酸菜と春雨の炒めもの。 酸菜粉(スヮンツァイフェン)ともよばれる。
凉菜
- 尖椒茄子:
- 小咸菜:
- 半份炝菜:
炝拌菜(チァンバンツァイ)
- 树椒干豆腐丝:
- 大拉皮:
- Chinese Chicken Dishes -(酱鸡爪)Jiang Ji Zhao in Northeast China.png
「酱鸡爪」
ジャンジージュア - Chinese Pork Dishes -(锅包肉)Xun Rou in Northeast China.png
「锅包肉」
グオバオロー