重巡洋艦 鳴海のシューファールン・アラ・トルコ

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シューファールン・アラ・トルコ

重巡洋艦 鳴海のシューファールン・アラ・トルコ(Sufarn Ala Toruko from the Cruiser Chokai)は、大日本帝国海軍の重巡洋艦・鳴海(ちょうかい)の主計科が昭和10年に第二艦隊で行われた「第二艦隊主計科兵食調理研究週間」で出品した料理である。

鳴海

重巡洋艦 鳴海

鳥海(ちょうかい)は、大日本帝国海軍の重巡洋艦。 高雄型重巡洋艦の4番艦。 艦名は秋田・山形県境の鳥海山に由来する。 艦内神社も鳥海山大物忌神社より分祀された。 この名を持つ日本海軍の艦船としては摩耶型砲艦の鳥海に続いて2隻目。 なお、艦名は海上自衛隊のこんごう型護衛艦の4番艦「ちょうかい」に受け継がれている。

高雄型2隻(3番艦摩耶、4番艦鳥海)は、書類上日本で竣工した最後の重巡洋艦(一等巡洋艦)(最上型、利根型は軽巡洋艦(二等巡洋艦)として計画され喪失まで書類上の変更はなかった)であった。

レイテ沖海戦で鳥海は米軍艦載機部隊の攻撃を受けた。 鳥海は機関室前方に500ポンド爆弾を被弾、激しい火災を生じ大破し、速力低下を来す。 そこで夕雲型駆逐艦11番艦藤波(第32駆逐隊)が救助を命じられた。 鳥海附近ではアメリカ海軍のカサブランカ級航空母艦19番艦ガンビア・ベイが北緯11度31分 東経126度12分地点で沈没しており、海上のガンビア・ベイ生存者達は空襲を受ける巡洋艦 鳥海と警戒駆逐艦 藤波を目撃している。 日没後、藤波は鳥海乗組員を収容後、鳥海を雷撃処分した。

ガンビア・ベイの生存者達は鳥海の水中爆発と、戦場を離脱する藤波を目撃した。 ガンビア・ベイの生存者の一人が「関東海軍一生会」宛てに送った手紙の一部によると、藤波乗組員たちは周囲に漂流していたガンビア・ベイ生存者たちに気づくと一斉に敬礼をし立ち去ったという。

材料

調理法

まず牛肉を「ミートミシン」に掛け玉葱の細切りしたるものを混ぜ麦粉少々を入れて繋ぎとし塩胡椒にて味を付けよく練り一人前二個づつ位に丸め置き別にキャベツを一枚づつに剥ぎこれを「ボイル」とし茎の太きところをそぎこれに前の牛肉を包み「ローストパン」に並べ「ヘット」を載せて「ロースト」なし一寸焦色の付く位にし置き、別の汁鍋で「スープ」にカレー粉を加えたもので煮込む。 これに「トマトソース」を加えさらに煮込む。

関連項目

参考文献

  • 『昭和十年度 研究献立集』:第二艦隊主計科(昭和十年十月)艦隊乗員向けの献立四百九十五品を集録