大日本帝国海軍の基本だし
大日本帝国海軍の基本だし(Basic soup stock of the Imperial Japanese Navy)は、大日本帝国海軍における料理の基本出汁である。
スープの基礎と趣旨
スープ類(羹汁)
スープには、清(すまし)、濃(こい)、濁(にごり)の三種類がある。 食事の始め「スープ」を吸うはただに栄養物を得るばかりでなく、まず胃に活動力を与え食欲を増進させるに効果がある。 このように食欲を増進させる目的で出すのであるのだから、「クセ」のない甘味でなくてはならないが、余りに味が濃厚であってはならない。
概要説明
西洋料理
海軍における西洋料理の出汁の基本となるのは『クレヤスープ』または『ビーフ・スープ』である。 「クレア」は「クリア」(clear)の当時のカナ表記であるが、当時の表記を重んじて「クレヤスープ」とした。 この清澄なスープは漢字では「清羹汁」と表記され、また宮中料理でコンソメは「清羹」(せいかん)と呼ばれる。 北原白秋の弟が創立した出版社アルスから大正14年に刊行された『純粋フランス料理』では「羹汁」(ポタージユ)、「素汁」(コンソメ)、「清羹汁」(ポタージュ・クレール)となっているが、一般的には羹汁はスープの総称を意味し、濁羹汁がポタージユである。 海軍のレシピにはこれらをベースにしたトマトスープや赤茄子濁羹汁というものがある。
クレヤスープは1908年(明治41年)の『海軍割烹術参考書』、ビーフ・スープは1918年(大正7年)の『海軍四等主計兵厨業教科書』に記載されているが、後者は「セロリ」が加えられている以外、製法に大きな違いはない。 強いて挙げるならクレアスープは獣肉類の限定がなく、一方のビーフスープは「牛」と表記している。 しかし、両者は良質の出汁が取れる部位として「頸肉」を推奨している共通点がある。
ビーフ・スープは材料に骨などは表記されていないが、軍では食材を無駄にしないことは当たり前であるため、クレヤスープと同様に骨も含め「屑肉」として使われていたと推測できる。 両スープ共に製法は屑肉やスジ肉、骨、香味野菜の屑などを使用したり、卵白でアクを取るなど、フレンチの古典的な技法が用いられている。
この両スープは様々な料理に用いられるが、コンソメ同様に単体でも供じられる。 その場合は別の汁鍋で温め、そこで塩、胡椒が加味される。 他の料理に使う場合も同様で塩、胡椒を加えてないものを用いる。 ローリエ、セージ、タイムなどの香草類も各料理の調理過程で加えられる。
※以下のレシピは、再現したい人にとって「一品のスープ」としても楽しめるように塩、胡椒や具を加えて提供する迄の全てを記載しているが、他の料理に用いる場合はその工程を除くとよい。
日本料理
海軍における日本料理の出汁の基本となるのは『煮出汁』である。 煮出汁は『海軍四等主計兵厨業教科書』「汁物類」の冒頭の項「煮出汁の一般的注意」で登場するが、煮干しや鯖節などは紹介程度で鰹節に重点を置いている点と「鰹節ノ煮出汁」のみであることから、これが基本ダシであったと考えられる。 また、味噌汁や煮物は二番出汁、吸い物は希釈するなど、料理に合わせて調整して使っていたことが見受けられる。
煮出汁は様々な料理に用いられるが、中には「鯛のうしを」や「鯉こく」など素材からの出汁を尊ぶ料理には全く使われていないものもある。 患者食の粥類は塩のみが多い中、煮出汁を使ったものではトマト粥がある。
支那料理
海軍では士官食、兵食の違いに関わらず支那料理もあった。 当時、現代でいうラーメン「支那蕎麦」を提供する店も増えてきた頃である。 しかし、海軍の支那料理に用いられるスープには特段としたレシピは存在しない。 また、現代のような中国調味料、例えば豆板醤や甜麺醤などは使われていない。 海軍は先んじて洋食を取り入れたことで知られるが、味噌汁などは兵食の献立に日々多くあるため、常に洋風出汁と和風出汁が共に厨房を席巻していたことは明らかである。
支那料理としての特色を付ける香料として「花椒」、「桂皮」、「胡麻油」、調味料では「支那酒」(老酒)が挙げられている。 他に使われる醤油、塩、砂糖、酢、スープに至っては説明もないため特別なものではないだろう。 基本的には香辛料と紹興酒、片栗粉でとろみを付けるなどが支那料理となっている。 日本では中国料理の出汁は「鶏ガラ」というイメージが定着しているが、実際には鶏だけではなく、それ以上に清澄なスープ「上湯」(シャンタン)が中国のコンソメにあたる。 海軍の西洋料理に使われるクレアスープ、もしくはビーフ・スープは、香辛料やハーブ類が入ってないため、ある程度の万能性があり、流用しても差し当たって問題にならなかったと思われる。 逆に「チキン・スープ」(鶏肉羹汁)は「鶏のスープは臭気がある」として調理時に必ず粒胡椒と西洋のハーブ類を加えることが必須となっている。
西洋料理
クレヤスープ
材料
- 肉類の屑肉、筋肉および骨
- 人参
- 玉葱
- 塩
- 胡椒
調理法
- 肉類の屑肉、筋肉および骨等を釜に入れ、八分目まで冷水を注ぎ沸騰させる。
- 沸騰点に近づかんとする時、上面に浮いてきたアクを取る。
- 弱火で5、6時間煮沸する。 また人参、玉葱等を少量投入すれば野菜の甘味が加わる。
- 布で濾して脂肪を取り去る。
- 供卓する際に塩、胡椒で加味し、醤油を1、2滴加えるのもよし。(スープ肉は頸肉を良しとす)
備考
スープを作る際には十分にアクを取り除く。
濁った場合は冷やし置き、卵1個を割り、白身を泡立たせ、スープに入れ、かき回し、弱火から徐々に沸騰させ、アクと共に固まって浮いてきた卵白を取り除く。
これによってスープは清麗透明なものになる。
ビーフ・スープ(牛肉羹汁)
材料
- 牛肉(屑肉、筋肉および頸部)
- 人参
- 玉葱
- セロリ
- 塩
- 胡椒
調理法
スープに用いる牛肉は屑肉、筋肉および頸部である。 その内、頸部は安価であってもっとも良い美味なスープが得られることが出来る。 いずれの肉を用いても二寸四方位の大きさに切り、これを深い面積の狭い鍋に入れ、肉600グラムに1リットルから2リットル位の割合で水を入れ、時々混ぜながら浮上がってくるアクを良く取って良く澄んできたころ人参、玉葱、セロリ等の屑部分を加え、塩少量と好みにて胡椒等を入れ弱火にして十分味の出るまで煮て布で濾す。 これが即ち清羹汁である。 これを供卓するには再び火にかけ上部に浮いた油を日本紙または新聞紙のようなもので吸い取らせ、塩、胡椒で風味し、少量の具を入れ皿に盛りつけて供卓する。 具の種類および作り方は次に説明する。
注意
スープを煮出すとき人参、玉葱、セロリ等を入れるのは香りを付けると同時にスープの味を良くする為である。 煮沸中に生じたアクを良く取らないとスープは濁り至って不味くなる。 ただし、スープが濁ったときは濾したあと卵の白身および殻を入れてよく撹拌して火にかけ沸騰させ、再び濾した時は清麗透明なスープが出来る。
スープの具の種類
- 玉葱は二つ割とし小口から薄く切り、一人前5、6切れを入れる。
- パセリおよびセロリの葉は極細末に切って少量を用いる。
- グリーンピースは一人前10粒づつを用いる。
- セーゴ、パーテ、タピオカ、マカロニー、ヴァーミセリもまた用いられる。
- 人参は極最小の賽の目形あるいは極細い千切りに切ったものを一寸茹でて用いる。
- 馬鈴薯の極最小の賽の目形あるいは極細い千切りに切ったもの、あるいはパンの堅い皮をとって賽の目形に切ったものを用いるときは、フライパンにヘットを沸騰させてキツネ色になるまで揚げ、新聞紙の上に載せて油を切って一人前10個位を用いる。 その揚げ物はスープ皿に盛り供卓する時に入れ、その他は皿に盛る10分位前に入れ一度沸騰させ後で供卓する。
日本料理
煮出汁の一般的注意
煮出汁は日本料理には重要な調味料である。
一口に煮出汁を作るというと簡単なようであるが、最も経済的に最も美味に作るということは極めて難しいものである。
材料は鰹節、煮干鰯、昆布、煮干粉、削鰹、味の素、鯖節等多数ある。
これ等の材料を煮出汁の用途により適宜使い分けるのであるが、材料の選択にも十分な注意を要する。
一本の鰹節でもその部分により味が異なる。
鰹節を削るには生温い湯で丁寧に洗い、水をかけて「ゆすぎ」、水気を拭いて上皮を削り取り、よく切れる鉋で薄く削って使用するのである。
鰹節は土佐節、伊豆節、駿遠節、志州、紀州、尾久、岩城、大島、薩摩地節、山川、沖縄、伊予、阿波、日向、常磐、三陸、台湾節、南洋等地名により産地を表している。
産地によって価格は異なるが古来良質として有名なものは土佐節であり、伊豆節、駿遠節等もこれに劣らない。
鰹節には本節と亀節との二種類があって、本節は一尾の鰹を三枚におろし血合いを取って四つ割にして作られ、亀節は三枚におろしのまま作られる。
鰹節は一本200グラムから300グラム程度のものが良質で、400グラム以上になると脂肪が多過ぎ味も段々劣る。
良く乾燥していてしかも重いものは上等である。
鰹節を削って置くと味が悪くなる。
尚周到な注意をして作っても煮出汁の濁ることがあるが、これは水の加減にもよるが多くは鰹節の粗悪な場合である。
鰹節ノ煮出汁
材料
- 鰹節:100グラム
- 出汁昆布:10グラム
- 水:2リットル
- 塩:少々
調理法
鍋に水を入れて火にかけ、指先を入れて少し熱い位(摂氏60度)になった時に出汁昆布を加え、昆布が浮かび煮立つ直前(摂氏96~97度)に昆布を取り出し、煮立ったら直ぐ鰹節を入れ箸で一寸手早く掻き混ぜ少量の塩を加えて直ぐ火から下し、アクを取り除きそのまま澄まして置き、濾して使用する。
注意
- この出汁は吸い物には少々濃厚である。
- 夏季、煮出汁を濾す場合容器に水気があると短時間で腐敗するから必ず熱湯を通すか乾かして使用すること。
- この方法にて出た鰹節(出汁ガラ)にさらに水(2リットル)を加えて火にかけ、出汁昆布を同量加え弱火で1リットル半になる頃迄煮立て濾し使用する。 これを「二番出汁」といい味噌汁、煮物に使用される。
- 吸い物の煮出汁を取る場合、長時間煮出すと濁って味も落ちるから絶対禁物である。 ただし二番出汁は用途が異なるから別である。
- 鰹を入れて煮立ったら必ず塩を加えること。 これは一度煮出された蛋白質の甘味が塩のため凝固するからである。
- アクを十分取らないと渋味のある汁になる。
関連項目
参考文献
- 『海軍割烹術参考書』:西洋料理ノ部(スープ調整法・一)
- 『海軍四等主計兵厨業教科書』:第二章 調理法 第三節 西洋料理(第一 スープ類 羹汁・一)
- 『海軍四等主計兵厨業教科書』:第二章 調理法 第二節 日本料理(第三 汁物類・一)
- 『海軍四等主計兵厨業教科書』:第二章 調理法 第二節 日本料理(第三 汁物類・二)