赤茄子(食道楽)
赤茄子(あかなす)は、明治36年(1903年)発行された村井 弦斎(むらい げんさい)の小説『食道楽・秋の巻』で赤茄子が登場する項である。
第二百二十五 赤茄子
お登和嬢「それからモー一つは今のようにブラウンソースばかりで和えた肉へ生玉子を入れて混ぜて塩胡椒で味をつけて長さ二寸親指の太さ位に丸めて中身にします。 皮はゆでたジャガ芋の裏漉にしたのへバターと玉子の黄身を入てよくよく混ぜて塩胡椒で味をつけてよくよく捏ねるとネバリが出て来ます。 手へ少しメリケン粉をつけて今のジャガ芋を双方から押して展ばすと柏餅の皮のようになります。 この工合が少し面倒ですけれども少し馴れると何でもありません。 その皮で前の肉を包むとコロッケのような形になりますからメリケン粉をつけて玉子の黄身へくるんでパン粉をつけてそれをサラダ油で揚げて出します。 これもリソウといって極く消化の好いお料理です。 それからシャッパッパイというのはブラウンソースへ玉葱一つの細かく刻んだのと今のように挽いた肉を半斤位入て二十分間位煮込ます。それを火から卸して玉子の黄身一つを入れてよく混ぜておきます。 別にジャガ芋二斤を湯煮て水気を切ってそのまま火にかけておいてすっかり水気の去った時裏漉にして鍋へ入れてバター大匙一杯、塩小匙一杯、玉子の黄身一つとそれだけ入れて火にかけてよく攪き廻します。 よく煉れたと思う時分に火から卸してパイ皿があれば結構ですし、なければブリキ皿へバターを敷いて今のジャガ芋を半分ほど下へ敷きます。 その上へ肉を入れてまた上をジャガ芋で包んでよく夷ならして玉子の黄身を刷毛で塗ってバターを中匙一杯位中央へ載せておいてテンピで二十分ほど焼くのです」玉江嬢「そういうお料理で玉子の黄身を使ったら残った白身を雪のお菓子にしたり今のブランマンチに致しますとちょうどよいのでございますね。それからまだそんなお料理がありますか」お登和嬢「ハイ、今のようにブラウンソースで和えた肉を焼いたパンの上へ塗って今のような玉子の湯煮半熟を載せて出しますとメンチトースボウチドエッグスというものになります。 鳥とお米のコロッケは軽便にしますと先ず鳥の肉の生ならば極く上等の筋のない処を挽かないとよく挽けません。 ロースや外の料理の残肉でもようございます。 それを御飯に混ぜて白ソース即ちバターとメリケン粉と牛乳と塩胡椒のソースで煮込むのです。 それから卸して玉子の黄身を入れて塩胡椒で味をつけて丸めてメリケン粉をつけて玉子の黄身をつけてパン粉をつけてバターで揚げます。 上等にするとお米をバターで炒っておいて鳥と一緒にスープで炊いてそれから白ソースで煮込んで拵えます。 コロッケにはトマトソースを拵えてかけます。 今は生のトマトが沢山ありますが大層味のあるものでサラダにしてもマカロニと煮ても美味うございますがあれをスープにしても結構です。 それは生の赤茄子を二つに割って絞ると種が出てしまいます。 それを裏漉しにしておいて別に鍋へバターを溶かしてコルンスタッチをいためてスープを加えて混てその中へ今のトマトを入れて二十分間も煮て一度漉して塩胡椒とホンの少しの砂糖とを加えて出します。 実には小さく切ったパンのバターで揚げたのを入れると結構です。 赤茄子は畠へ作ると沢山出来ますが食べ馴れない人は知らないで珍重しません。 食べ馴れると実に美味いものです。 赤茄子の中をくり抜いて胡瓜や茄子へ肉を詰めた通りに詰めてテンピで焼いても結構です。 何でも最初食べ馴れない物を人に御馳走する時は不味く拵えて懲々させるとモーいけません。 腐りかかって匂いの付いたバターを昔し風の婦人に食べさせて懲りさせたり、臭いヘットで揚げたものを出したりすると西洋料理は一度で降参だという人が出来ます。西洋料理の後で出るチースなんぞは大概な御婦人は最初にお嫌いなさいますね」玉江嬢「チースですか、あれは私も閉口で我慢にも戴けません」
参考文献
- 『食道楽・秋の巻』:明治三十六年(第二百二十五・赤茄子)