赤茄子(食道楽)
赤茄子(あかなす)は、明治36年(1903年)発行された村井 弦斎(むらい げんさい)の小説『食道楽』「秋の巻」に赤茄子を用いる料理が登場する項である。
註譯
○本文の外にミルク・ババロームという菓子あり。 それは牛乳一合に付きゼラチン四枚、砂糖大匙二杯、玉子の白身二個の割合にて、最初牛乳と砂糖とを鍋へ入れて火に掛け水に漬けおきたるゼラチンを入れて能よく混ぜ煮上りたる時他の器へ移して暫らく冷まし白身の泡立てたる物を混ぜ合せて型へ入れ能く冷やして型より抜取るなり。 型より抜取るには型底を熱湯にちょいと漬け手早く振動かせば容易に抜取り得べし。
○スポンジ・ゼリーという菓子あり。 その作り方は玉子二ツ、砂糖大匙二杯、ゼラチン四枚、水一合の割合にて、最初水と砂糖とを煮立て水に漬けて軟かくなしたるゼラチンを入れて能く溶し火より下し玉子の黄身の能く釈きしものをツブツブの出来ぬよう手早く混ぜ他の器へ移入れてさまし少し固まりし時白身二ツを泡立てて混ぜ型へ入れて能く冷し前法の如く型より抜取るなり。
第二百二十四 西洋の葛餅くずもち
男同志の談話がとかくむずかしきに飽きけん、玉江嬢は此方にてお登和嬢と料理談を始めたり「先生、牛乳の嫌いな人に牛乳を食べさせるお料理は先刻お話しなすった外にまだ手軽なのがありますか」お登和嬢「そうですね、ブラマンジというものは牛乳の葛餅というべきものですが、牛乳一合を火にかけて砂糖を大匙一杯半入れて沸立にたてて別に玉蜀黍の粉即ちコルンスタッチがあれば大匙二杯位、もしなければ葛の上等でも構いません。 水で溶て今の牛乳へ入れてよく煉ると葛煉のようになります。 コルンスタッチの方は葛よりも長く煮ないとかえりません。 それを火から卸して玉子の白身二つ振よく泡立たせて混てレモン油でも少し滴らして型へ入れますが型がなければブリキの鉢でも何でも出来ます。 水へ入れて冷ますと凝固りますからゼリーのように型をちょいと熱い湯につけないでもポンと皿へあければ直ぐ抜けます。 それを匙で食べると美味うございます。 この中へ菓物の煮たのを肉ばかり裏漉にして混ぜて拵えるとなお結構です。 しかしあまり酸味の強いものは牛乳をブツブツにさせていけません。 それからライスブラマンジは牛乳一合、御飯一合、砂糖大匙一杯とを混ぜて一時間ばかり煮てその次に水に溶いたゼラチンを四枚入れて玉子の白身を泡立てて混ぜてレモン油を滴らして冷やし固めます。 チョコレートのは牛乳一合を沸立たせてコルンスタッチか葛を大匙二杯入れて削ったチョコレートを四半斤砂糖を二杯位混ぜて煮て冷すのです。 珈琲のは濃く出して珈琲一合へ砂糖が二杯、牛乳を五勺ゼラチンを七枚入れて煮て水へ入れ冷して少し固まりかけた処へ泡立てた白身を三つ交ぜてすっかり固めます。 玉子のは玉子の黄身二つと牛乳一合と砂糖三杯とよく混ぜ合せて湯煎にしてそれから水に溶いたゼラチン五枚と葡萄酒を少し入れて水に冷して半固まりの処へ泡立てた白身を二つ入れて固めます。 セーゴのはセーゴ大匙二杯を水へつけて牛乳一合砂糖二杯で煮て白身を二つ今のように入いれます。 その外米の粉でも黍の粉でもタピオカでもアラローツでも何でも出来ます。 暑い時分には冷たくってどんなに美味うございましょう。 本式にするとその側へ菓物の煮たのを添て一緒に戴きますが甘味と酸味で大層結構です。 桃の煮たのは殊にようございますね。 桃も長く持たせようとするには毎度お話申す通り少しも水気を入てはいけません。 皮を剥いて小さく切ってお砂糖を振かけて三、四時間置きますとお砂糖が溶けるに随って桃の液を呼び出して液が沢山出来ます。 それをそっくり鍋へ入れて弱い火で気長に煮るのですがアクが浮いて来ますから幾度もそれを匙で掬い取らないといけません。 桃にも水蜜桃といって色の白くって甘いのがあり、扁桃といって平たくって美味いのがあり、天津桃といって大きくって紅いのがあります。 これは生で美味しくありませんが今のようにして煮ると色が紅くって味も良くなります。 その外支那で出来る蟠桃といって頭の方が凹凸していて大層大きな桃があります。 西王母の画がに頭の凹凸した桃の描かいてあるは、その蟠桃の極く上等なのです。 支那の内地にはその種類に大層大きくって美味しくってそれこそ東方朔が盗んで逃げそうなのもあるそうです。 何にしろ桃なんぞは煮ると美味しく戴けます。 日本の桃でも煮れば結構なのがあります。 煮た桃の液を先日お教え申した通りゼラチンで寄せると色々なお菓子が出来ます。 それから梨も砂糖ばかりで煮てはいけませんが赤葡萄酒で煮ると大層結構です。 何でも一度試して御覧なさい」玉江嬢「ハイ致してみましょう。それからね、先刻お話し申しかけましたが老人や子供に食べさせるように牛肉を肉挽器械で挽いて細かくしたお料理がまだ色々ございましょうね」お登和嬢「ハイありますとも、先ず牛肉の生ならば好く筋を除とらなければなりません。 あるいはロースとかビフテキの残った肉でも構いません。 それを肉挽で挽いて別にブラウンソース即ちバター大匙一杯を溶かしてメリケン粉大匙一杯を黒くなるまでいためてスープを大匙三杯に罎詰のトマトソース一杯入れて塩胡椒で味をつけたソースを今の肉へ混ぜて生玉子を一つ入れて、ジャガ芋のゆでて裏漉にしたのを肉の分量と同じ位入れて皆んな一緒によく混ぜ合せます。 それを長くでも平たくでも手で好きな形に丸めてフライパンでバターを入れて焼きますが上等にすればその外に玉子を湯の中へ割って落して半熟に湯煮て肉の上へ載せて別にブラウンソースをかけて出します。 これはドライハッシといって御老人なんぞにはどんなに好いお料理でございましょう」
関連項目
参考文献
- 『食道楽・秋の巻』:明治三十六年(第二百八・赤茄子)村井 弦斎