二十銭料理(食道楽)

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赤茄子の詰物

二十銭料理(にじゅっせんりょうり)は、明治36年(1903年)発行された村井 弦斎(むらい げんさい)の小説『食道楽』「秋の巻」に赤茄子を用いる料理が登場する項である。

第二百四十七 二十銭料理

 上等にも際限なく、下等にも際限なし。小山は一々感心し「お登和さん、そんな上等の料理は我々に入用にゅうようもありませんが極ごく安直な西洋料理をお客に御馳走する工風くふうはありますまいか。譬たとえば先刻さっきのお弁当が一人前二十銭の原料で出来るように、家で御馳走を出す時にも十人のお客として一人前二十銭か三十銭で出来る料理はありませんか。炭代や手数料は数えないでもようございますが、一人前二、三十銭の原料で西洋料理の御馳走が出来れば今度一つ社中の人を十人ばかり呼んで簡略な西洋料理を御馳走して西洋料理の応用法を天下の人に知らしめたいと思います」と客の新案にお登和嬢も暫しばらく思案し「そうですね、二十銭でも三十銭でも拵えようによって出来ない事はありません。先ず二十銭の方にしますと十人前で弐円ですね。それで一通りの献立こんだてを作ろうとするには第一がスープですけれども肉類のスープは直段ねだんが高くなりますから手軽な赤茄子あかなすスープに致しましょう。赤茄子のよく熟したのを三斤ばかり買ってそのまま皮も剥むかずに二つに切って種を絞り取って水を入れずに赤茄子ばかり鍋へ入れて弱い火で四十分間煮ます。別の鍋へバターを大匙一杯入れてコルンスタッチなら上等ですしそれがなければメリケン粉を代用させても出来ますが味が良くありません。そのコルンスタッチを大匙一杯入れて今のバターでよくよくいためて貴郎あなたのお家なら万年スープを一合注さすのですがスープがない時は白湯さゆを一合注します。それから別に煮てある赤茄子を裏漉うらごしにすると液も身も沢山出ますから皆みんな一緒に今の白湯へ加えてよく攪かき混まぜて塩と胡椒とホンの少しの砂糖で味を付けます。スープの実にはパンを薄く小さく切ってバターでいためて入れます。これが手軽な赤茄子スープで赤茄子が三斤十八銭と見れば外の物が十二銭位かかりますから三十銭位で出来ますね。その次はお魚で鰯いわしがありましたらば鰯のフエタスに致しましょう。玉子の黄身二つへ塩胡椒を混ぜてメリケン粉を大匙四杯に水を少し入れてザット攪き廻して二つの白身を泡立てて加えたのが衣です。その衣で鰯を包んでバターなりサラダ油なり手製のヘットなりで揚げて一人前に二つ位ずつ橙酢だいだいずでもかけて出します。鰯も安い時と高い時がありますけれども二十尾ぴき使うとして衣の代とともに二十五銭位なら出来ましょう。三番目は肉料理ですが腿もものランプステーキ即ちランという処を百目ばかり買って肉挽器械にくひききかいがあればそのまま挽いて細かくしますし、器械がなければビフテキのように鍋で一旦いったん両面を炙やいてそれから俎板まないたの上で極ごく細かに刻みます。これは生だと細かくなりませんから一旦炙くのです。別に玉葱たまねぎを少しばかり細かく刻んでおきます。それからフライ鍋でバターを大匙一杯溶かしてメリケン粉を大匙一杯黒くなるほどよくいためて今の肉から出た汁があればそれと水とを注しますし、なければ水ばかりでも構いません。お家のように万年スープをお注しになれば上等のブラウンソースが出来ます。それへ今の細かくした肉と玉葱とを入れて三十分間煮て一旦冷まして手で丸めてメリケン粉をつけて玉子の黄身も白身も一緒に溶いたものをつけてまたパン粉をつけてフライ鍋でコロッケに揚げます。これが手軽なコロッケで四十銭位かかりましょう」

参考文献