「二十銭料理(食道楽)」の版間の差分

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'''二十銭料理'''(にじゅっせんりょうり)は、明治36年(1903年)発行された村井 弦斎(むらい げんさい)の小説『[[食道楽]]』「[[食道楽・秋の巻|秋の巻]]」に[[トマト|赤茄子]]を用いる料理が登場する項である。
 
'''二十銭料理'''(にじゅっせんりょうり)は、明治36年(1903年)発行された村井 弦斎(むらい げんさい)の小説『[[食道楽]]』「[[食道楽・秋の巻|秋の巻]]」に[[トマト|赤茄子]]を用いる料理が登場する項である。
  
== 第二百三十九 二十銭弁当 ==
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== 第二百四十七 二十銭料理 ==
 小山は大に悦べり「二十銭の原料で西洋料理の御馳走が出来れば是非一つ社員を驚かして西洋料理の応用法を知らしめたいと思います。
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 上等にも際限なく、下等にも際限なし。小山は一々感心し「お登和さん、そんな上等の料理は我々に入用にゅうようもありませんが極ごく安直な西洋料理をお客に御馳走する工風くふうはありますまいか。譬たとえば先刻さっきのお弁当が一人前二十銭の原料で出来るように、家で御馳走を出す時にも十人のお客として一人前二十銭か三十銭で出来る料理はありませんか。炭代や手数料は数えないでもようございますが、一人前二、三十銭の原料で西洋料理の御馳走が出来れば今度一つ社中の人を十人ばかり呼んで簡略な西洋料理を御馳走して西洋料理の応用法を天下の人に知らしめたいと思います」と客の新案にお登和嬢も暫しばらく思案し「そうですね、二十銭でも三十銭でも拵えようによって出来ない事はありません。先ず二十銭の方にしますと十人前で弐円ですね。それで一通りの献立こんだてを作ろうとするには第一がスープですけれども肉類のスープは直段ねだんが高くなりますから手軽な赤茄子あかなすスープに致しましょう。赤茄子のよく熟したのを三斤ばかり買ってそのまま皮も剥むかずに二つに切って種を絞り取って水を入れずに赤茄子ばかり鍋へ入れて弱い火で四十分間煮ます。別の鍋へバターを大匙一杯入れてコルンスタッチなら上等ですしそれがなければメリケン粉を代用させても出来ますが味が良くありません。そのコルンスタッチを大匙一杯入れて今のバターでよくよくいためて貴郎あなたのお家なら万年スープを一合注さすのですがスープがない時は白湯さゆを一合注します。それから別に煮てある赤茄子を裏漉うらごしにすると液も身も沢山出ますから皆みんな一緒に今の白湯へ加えてよく攪かき混まぜて塩と胡椒とホンの少しの砂糖で味を付けます。スープの実にはパンを薄く小さく切ってバターでいためて入れます。これが手軽な赤茄子スープで赤茄子が三斤十八銭と見れば外の物が十二銭位かかりますから三十銭位で出来ますね。その次はお魚で鰯いわしがありましたらば鰯のフエタスに致しましょう。玉子の黄身二つへ塩胡椒を混ぜてメリケン粉を大匙四杯に水を少し入れてザット攪き廻して二つの白身を泡立てて加えたのが衣です。その衣で鰯を包んでバターなりサラダ油なり手製のヘットなりで揚げて一人前に二つ位ずつ橙酢だいだいずでもかけて出します。鰯も安い時と高い時がありますけれども二十尾ぴき使うとして衣の代とともに二十五銭位なら出来ましょう。三番目は肉料理ですが腿もものランプステーキ即ちランという処を百目ばかり買って肉挽器械にくひききかいがあればそのまま挽いて細かくしますし、器械がなければビフテキのように鍋で一旦いったん両面を炙やいてそれから俎板まないたの上で極ごく細かに刻みます。これは生だと細かくなりませんから一旦炙くのです。別に玉葱たまねぎを少しばかり細かく刻んでおきます。それからフライ鍋でバターを大匙一杯溶かしてメリケン粉を大匙一杯黒くなるほどよくいためて今の肉から出た汁があればそれと水とを注しますし、なければ水ばかりでも構いません。お家のように万年スープをお注しになれば上等のブラウンソースが出来ます。それへ今の細かくした肉と玉葱とを入れて三十分間煮て一旦冷まして手で丸めてメリケン粉をつけて玉子の黄身も白身も一緒に溶いたものをつけてまたパン粉をつけてフライ鍋でコロッケに揚げます。これが手軽なコロッケで四十銭位かかりましょう」
その代り日本料理の原料なら大概外の人にも直段が分りますけれども西洋料理では分らん人が多いから、御馳走を出すと同時に一々その説明をしなければなりません。どういう風な御馳走です」お登和嬢「それは西洋風にも沢山ある事で、極ごく簡略な御馳走ですが、先ず三色のサンドウィッチを拵こしらえましょう。一つは玉子、一つは牛肉、一つは赤茄子と西洋風に三色のサンドウィッチを出して手軽な西洋菓子を拵え暑い時分ですから冷した珈琲でも出しましょう」小山「オヤ、そんなに出来ますか。二十銭の原料で上りますか」お登和嬢「出来ますとも。念のために一つ一つ紙へ計算を記して御覧なさい。エート、先ずサンドウィッチの原料として、食パン一斤を薄すく切って二十片にします。二片ずつで一色のサンドウィッチを作りますから一人前が六片要いります、二十人前で百二十片ちょうど六斤ですね。一斤七銭と見てそれが四十二銭です。今度は中へ挟む玉子ですが二十人前に八つあれば沢山ですから一つ三銭と見て二十四銭です。その玉子を湯煮て裏漉にしてバターと塩胡椒で煉って塗りますがバターと塩胡椒の代が一人前一銭、二十人前で二十銭あれば充分です。モー一つは牛肉で、一斤十八銭のブリスケという処を買って一晩強い塩水へ漬けて翌日四時間ばかり湯煮て肉挽器械で挽いて塩胡椒して塗ります。二十人前に三斤使うとして五十四銭です。塩と胡椒は何ほども要りません。先ず二十人前で五銭としておきましょう。その次が赤茄子で二十人前におよそ二斤半要るとして一斤六銭ならば十五銭です。しかしトマトは安い代りにマイナイスソースの固いのを作ってパンへ塗てトマトを挟まなければなりませんからマイナイスソースの代を一人前一銭ずつ二十人で二十銭と致しましょう。それで何ほどになりました。一つ寄せてみて下さい」小山「エート、食パンが四十二銭、玉子が二十四銭、バターその外が二十銭、ブリスケが五十四銭、塩が五銭、赤茄子とマイナイスで三十五銭、合せて一円八十銭ですね、一円八十銭で三色のサンドウィッチが二十人前出来れば一人前九銭ですね。そう思うと実に安いものですな」お登和嬢「何でも家庭で料理すると原料はその通りに安いものです。しかしサンドウィッチには臭いような悪いバターを使うといけません。バターの匂いで外の物の味を消します。上等のバターを水でよく晒らして匂を取って使わなければなりません。三色のサンドウィッチが出来ましたらば少し大片に一組を三つに切って三色で九つに作るとちょうど食べるにも都合がようございます。サンドウィッチはそれで出来ました。一人前ずつ紙へ包んで持出しても構いません。今度はお菓子ですね。これはカップケーキという手軽な西洋菓子に致しましょう」と随分面倒なる御馳走の才覚。
 
  
 
== 参考文献 ==
 
== 参考文献 ==

2022年5月3日 (火) 00:57時点における版

赤茄子の詰物

二十銭料理(にじゅっせんりょうり)は、明治36年(1903年)発行された村井 弦斎(むらい げんさい)の小説『食道楽』「秋の巻」に赤茄子を用いる料理が登場する項である。

第二百四十七 二十銭料理

 上等にも際限なく、下等にも際限なし。小山は一々感心し「お登和さん、そんな上等の料理は我々に入用にゅうようもありませんが極ごく安直な西洋料理をお客に御馳走する工風くふうはありますまいか。譬たとえば先刻さっきのお弁当が一人前二十銭の原料で出来るように、家で御馳走を出す時にも十人のお客として一人前二十銭か三十銭で出来る料理はありませんか。炭代や手数料は数えないでもようございますが、一人前二、三十銭の原料で西洋料理の御馳走が出来れば今度一つ社中の人を十人ばかり呼んで簡略な西洋料理を御馳走して西洋料理の応用法を天下の人に知らしめたいと思います」と客の新案にお登和嬢も暫しばらく思案し「そうですね、二十銭でも三十銭でも拵えようによって出来ない事はありません。先ず二十銭の方にしますと十人前で弐円ですね。それで一通りの献立こんだてを作ろうとするには第一がスープですけれども肉類のスープは直段ねだんが高くなりますから手軽な赤茄子あかなすスープに致しましょう。赤茄子のよく熟したのを三斤ばかり買ってそのまま皮も剥むかずに二つに切って種を絞り取って水を入れずに赤茄子ばかり鍋へ入れて弱い火で四十分間煮ます。別の鍋へバターを大匙一杯入れてコルンスタッチなら上等ですしそれがなければメリケン粉を代用させても出来ますが味が良くありません。そのコルンスタッチを大匙一杯入れて今のバターでよくよくいためて貴郎あなたのお家なら万年スープを一合注さすのですがスープがない時は白湯さゆを一合注します。それから別に煮てある赤茄子を裏漉うらごしにすると液も身も沢山出ますから皆みんな一緒に今の白湯へ加えてよく攪かき混まぜて塩と胡椒とホンの少しの砂糖で味を付けます。スープの実にはパンを薄く小さく切ってバターでいためて入れます。これが手軽な赤茄子スープで赤茄子が三斤十八銭と見れば外の物が十二銭位かかりますから三十銭位で出来ますね。その次はお魚で鰯いわしがありましたらば鰯のフエタスに致しましょう。玉子の黄身二つへ塩胡椒を混ぜてメリケン粉を大匙四杯に水を少し入れてザット攪き廻して二つの白身を泡立てて加えたのが衣です。その衣で鰯を包んでバターなりサラダ油なり手製のヘットなりで揚げて一人前に二つ位ずつ橙酢だいだいずでもかけて出します。鰯も安い時と高い時がありますけれども二十尾ぴき使うとして衣の代とともに二十五銭位なら出来ましょう。三番目は肉料理ですが腿もものランプステーキ即ちランという処を百目ばかり買って肉挽器械にくひききかいがあればそのまま挽いて細かくしますし、器械がなければビフテキのように鍋で一旦いったん両面を炙やいてそれから俎板まないたの上で極ごく細かに刻みます。これは生だと細かくなりませんから一旦炙くのです。別に玉葱たまねぎを少しばかり細かく刻んでおきます。それからフライ鍋でバターを大匙一杯溶かしてメリケン粉を大匙一杯黒くなるほどよくいためて今の肉から出た汁があればそれと水とを注しますし、なければ水ばかりでも構いません。お家のように万年スープをお注しになれば上等のブラウンソースが出来ます。それへ今の細かくした肉と玉葱とを入れて三十分間煮て一旦冷まして手で丸めてメリケン粉をつけて玉子の黄身も白身も一緒に溶いたものをつけてまたパン粉をつけてフライ鍋でコロッケに揚げます。これが手軽なコロッケで四十銭位かかりましょう」

参考文献