「赤茄子飯(食道楽)」の版間の差分
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− | '''赤茄子飯''' | + | '''赤茄子飯'''(あかなすめし)は、明治36年(1903年)に出版された[[村井弦斎]]の小説『[[食道楽]]・[[食道楽・夏の巻|夏の巻]]』で[[トマト|赤茄子]]が登場する項である。 |
+ | また、『[[食道楽]]・[[食道楽・秋の巻|秋の巻]]』の附録に記載されている料理である。 | ||
== 夏の巻 == | == 夏の巻 == | ||
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○トマトは皮をむくには鳥渡熱湯に浸せば用意なり。 | ○トマトは皮をむくには鳥渡熱湯に浸せば用意なり。 | ||
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+ | ○ゼラチンの使い方は冬は一合の水に三枚半夏は四枚位の割なり、夏は氷にて固むべし。 | ||
=== 第百四十三 赤茄子飯 === | === 第百四十三 赤茄子飯 === | ||
+ | 六かしけれども玉江嬢は覚え度さの一心なり「戦線シューの皮はテンピとカステラ鍋にの外に拵へやうがありませんか」お登和嬢「揚げても出来ます。少し緩めに溶いて澤山な油の中へ落して下と上とを幾度も返しながら氣長に揚げて先刻申した様に後の火を強くすると矢つ張り大きく膨らみます、中へ入れるクリームは牛乳一合、砂糖大匙三杯、玉子の黄身計り三つ、米利堅粉大匙一杯半位の割合で溶き交ぜ弱い火で練るのですが牛乳の代りにクリームを使へば上等ですし、もっと上等にすれば玉子の黄身へ砂糖大匙三杯入れてよく撹き交せて牛乳一合を少しづゝ混ぜながら入れその鍋を沸立った湯の中へ入れて湯煎にして中のものが少し固まりかけたところへ玉蜀黍の粉即ちコルンスタッチを大匙一杯水で溶いて入れてよく混ぜながら煮て火から卸した時三つ振の白身の泡立ったものを混ぜます或は玉子の黄身計りで拵へる事もあります斯う云うお菓子は二度も三度も稽古して御覧なさらないと中々その加減が分りませんよ」玉江嬢「では毎日拵らへて見ませう、其次には」お登和嬢「手輕なスポンヂケーキと云ってカステラの様なものです、玉子六つの黄身へ砂糖を中匙で六杯、よく混ぜて米利堅粉大匙輕く六杯とベーキングパウター即ち燒粉小匙一杯とよく交ぜたものを篩って加へて別に白身を泡立たせてそれへ交ぜてレモンでもバニラでも滴らしてブリキ箱へ油をひいて紙へも脂を引いて箱の中へ敷いて其中へ今の物を流し込んで燒くのです、ストーブなら十五分位、テンピやカステラ鍋だとに十分位で誰にでも敷う容易に出来ます、玉子燒鍋へ入れて上下へ火、置いても出来ます、その代り上等にすると燒粉を入れないで玉子計りで膨らせるのですから六か御座います、段々御上達になったら今度お拵へ申しませう、其次は杏の蒸物で乾杏の煮たのを裏漉にして米利堅粉と牛乳と砂糖を交ぜてカステラ鍋で蒸焼にするのです、分量はお見計ひで出来ませう、モー一つは蠶豆の羊羹にしませう、新豆の皮を剥いて湯煮て裏漉しにしたのへ味をつけて寒天でも或はゼラチンでも溶かして其中へ入れて固めるのです、エート是れで三十六品揃ひましたョ、今度は御飯です、何の御飯にしませう、風變りな赤茄子の御飯にしませうか、それは赤茄子の生でも鑵詰の物でも或は赤茄子ソースと云って瓶詰の物でも玉葱を極く小さく切って加へて、それからフライ鍋へバターを溶かしてそれでお米をいためて前の物を入れて鹽で味をつけてスープで御飯の様に炊くのですが、お米は洗って乾かしたものです、召上る時には玉葱と人参を米利堅粉とをバターでいためてスープで煮て裏漉しにしたものを掛汁に用ゐます、然しそれはホンの略式で西洋料理のトマト飯はドビクラスと云ふ肉汁で拵へたソースをかけたり、或は人参と玉葱を煮た汁で炒米の御飯を炊いてドビクラスをかける事もあります、段々後にお教え申しませう」玉江嬢「有難う御座います、お香物には西京から貰ったスグキがありますからあれを使ひませう」お登和嬢「それは結構ですネ、賀茂のスグキは大層美味い物で東京の人には珍らしう御座います、そこでお料理が出来ましたらば何時のお客になさいます」玉江嬢「父は明後日邊たりに願ひ度と申しますが皆さんの御都合は如何でせう」お登和嬢「兄の方は何時でも宜しう御座いますが「小山さんと大原さんの御都合を伺はなければなりません、小山さんの方は何うでせう」富山の妻君「大概差支は無からうと思ひますけれども歸りましたらば早速聞きまして此方まで御返事を申上げます」お登和嬢「では大原さんの方を兄に頼んで聞いて貰はなければなりません」と言ふ詞に連て大原の事を想ひ出しけむ、愁然として悲みの色を現はしぬ、玉江嬢は氣が付かねど小山の妻君早くも見て取り「ア、ホントにお可哀想だ」と是も亦た惆悵に絶えず、 | ||
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== 秋の巻 == | == 秋の巻 == | ||
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西洋の人は平生食物問題を研究して新しい料理を拵える事に苦心していますから小麦を常食としているにもかかわらずお米の料理が四百何十種と出来ております。 | 西洋の人は平生食物問題を研究して新しい料理を拵える事に苦心していますから小麦を常食としているにもかかわらずお米の料理が四百何十種と出来ております。 | ||
お米を常食とする我邦の人はなおさらお米料理の研究を怠ってはなりますまい。 | お米を常食とする我邦の人はなおさらお米料理の研究を怠ってはなりますまい。 | ||
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生の赤茄子のない時には壜詰のトマトソースを同じ分量で加えますが味は生の物に及びません。 | 生の赤茄子のない時には壜詰のトマトソースを同じ分量で加えますが味は生の物に及びません。 | ||
この御飯だけで味が良うございますけれども大概は前にある肉汁ソースか黒ソースかあるいはドビグラスを掛けます。 | この御飯だけで味が良うございますけれども大概は前にある肉汁ソースか黒ソースかあるいはドビグラスを掛けます。 | ||
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+ | <Div Align="right">『食道楽・秋の巻』附録(米料理百種・西洋料理の部・第六七)</Div> | ||
+ | ==== 補足資料 ==== | ||
+ | '''第一 ペラオ飯''' と申すのは[[土耳古飯(食道楽)|土耳古風]]の極く手軽なお料理で我邦の上中流社会にもこの頃大層流行します。 | ||
+ | それは先ずお米を磨といでよく水気を切っておきます。 | ||
+ | 別にフライ鍋へ大匙一杯の上等なバターを溶かして右のお米一合ほどを入れてよく掻廻しながらお米の狐色になるまでいためます。 | ||
+ | それを深いソース鍋へ移して三合のスープを注して塩を少し加えて最初は強い火で三十分間煮てその次は火をズット弱くして二十分間蒸らしておきます。 | ||
+ | つまり五十分間で出来る訳わけです。 | ||
+ | この御飯ばかりをお皿へ盛って出してもなかなか好い味ですがモー一層上等にしますと色々のソースを掛けて出します。 | ||
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+ | <Div Align="right">『食道楽・秋の巻』附録(米料理百種・西洋料理の部・第一)</Div> | ||
== 参考文献 == | == 参考文献 == | ||
− | *『[[食道楽・夏の巻]] | + | *『[[食道楽・夏の巻]]』:明治三十六年(第百四十三・赤茄子飯) |
− | *『[[食道楽・秋の巻]] | + | *『[[食道楽・秋の巻]]』:明治三十六年(附録:米料理百種・西洋料理の部・第六七) |
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[[カテゴリ:日本の旧トマト料理|あ]] | [[カテゴリ:日本の旧トマト料理|あ]] | ||
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2022年5月7日 (土) 11:58時点における最新版
赤茄子飯(あかなすめし)は、明治36年(1903年)に出版された村井弦斎の小説『食道楽・夏の巻』で赤茄子が登場する項である。 また、『食道楽・秋の巻』の附録に記載されている料理である。
夏の巻
註譯
○トマト飯の煮方は最初米二合を能く洗い干し置きバタ大匙一杯をフライ鍋にて溶かしたる中へ前の米を入れて狐色になるまで炒り付け生のトマト貳斤の皮をむき二つに割りて汁を能く絞り極く細かに叩きソース鍋に入れ前の米を加えてスープ凡そ三合を注し鹽胡椒にて味を付け普通の飯の如く煮るなり。
○トマトは皮をむくには鳥渡熱湯に浸せば用意なり。
○ゼラチンの使い方は冬は一合の水に三枚半夏は四枚位の割なり、夏は氷にて固むべし。
第百四十三 赤茄子飯
六かしけれども玉江嬢は覚え度さの一心なり「戦線シューの皮はテンピとカステラ鍋にの外に拵へやうがありませんか」お登和嬢「揚げても出来ます。少し緩めに溶いて澤山な油の中へ落して下と上とを幾度も返しながら氣長に揚げて先刻申した様に後の火を強くすると矢つ張り大きく膨らみます、中へ入れるクリームは牛乳一合、砂糖大匙三杯、玉子の黄身計り三つ、米利堅粉大匙一杯半位の割合で溶き交ぜ弱い火で練るのですが牛乳の代りにクリームを使へば上等ですし、もっと上等にすれば玉子の黄身へ砂糖大匙三杯入れてよく撹き交せて牛乳一合を少しづゝ混ぜながら入れその鍋を沸立った湯の中へ入れて湯煎にして中のものが少し固まりかけたところへ玉蜀黍の粉即ちコルンスタッチを大匙一杯水で溶いて入れてよく混ぜながら煮て火から卸した時三つ振の白身の泡立ったものを混ぜます或は玉子の黄身計りで拵へる事もあります斯う云うお菓子は二度も三度も稽古して御覧なさらないと中々その加減が分りませんよ」玉江嬢「では毎日拵らへて見ませう、其次には」お登和嬢「手輕なスポンヂケーキと云ってカステラの様なものです、玉子六つの黄身へ砂糖を中匙で六杯、よく混ぜて米利堅粉大匙輕く六杯とベーキングパウター即ち燒粉小匙一杯とよく交ぜたものを篩って加へて別に白身を泡立たせてそれへ交ぜてレモンでもバニラでも滴らしてブリキ箱へ油をひいて紙へも脂を引いて箱の中へ敷いて其中へ今の物を流し込んで燒くのです、ストーブなら十五分位、テンピやカステラ鍋だとに十分位で誰にでも敷う容易に出来ます、玉子燒鍋へ入れて上下へ火、置いても出来ます、その代り上等にすると燒粉を入れないで玉子計りで膨らせるのですから六か御座います、段々御上達になったら今度お拵へ申しませう、其次は杏の蒸物で乾杏の煮たのを裏漉にして米利堅粉と牛乳と砂糖を交ぜてカステラ鍋で蒸焼にするのです、分量はお見計ひで出来ませう、モー一つは蠶豆の羊羹にしませう、新豆の皮を剥いて湯煮て裏漉しにしたのへ味をつけて寒天でも或はゼラチンでも溶かして其中へ入れて固めるのです、エート是れで三十六品揃ひましたョ、今度は御飯です、何の御飯にしませう、風變りな赤茄子の御飯にしませうか、それは赤茄子の生でも鑵詰の物でも或は赤茄子ソースと云って瓶詰の物でも玉葱を極く小さく切って加へて、それからフライ鍋へバターを溶かしてそれでお米をいためて前の物を入れて鹽で味をつけてスープで御飯の様に炊くのですが、お米は洗って乾かしたものです、召上る時には玉葱と人参を米利堅粉とをバターでいためてスープで煮て裏漉しにしたものを掛汁に用ゐます、然しそれはホンの略式で西洋料理のトマト飯はドビクラスと云ふ肉汁で拵へたソースをかけたり、或は人参と玉葱を煮た汁で炒米の御飯を炊いてドビクラスをかける事もあります、段々後にお教え申しませう」玉江嬢「有難う御座います、お香物には西京から貰ったスグキがありますからあれを使ひませう」お登和嬢「それは結構ですネ、賀茂のスグキは大層美味い物で東京の人には珍らしう御座います、そこでお料理が出来ましたらば何時のお客になさいます」玉江嬢「父は明後日邊たりに願ひ度と申しますが皆さんの御都合は如何でせう」お登和嬢「兄の方は何時でも宜しう御座いますが「小山さんと大原さんの御都合を伺はなければなりません、小山さんの方は何うでせう」富山の妻君「大概差支は無からうと思ひますけれども歸りましたらば早速聞きまして此方まで御返事を申上げます」お登和嬢「では大原さんの方を兄に頼んで聞いて貰はなければなりません」と言ふ詞に連て大原の事を想ひ出しけむ、愁然として悲みの色を現はしぬ、玉江嬢は氣が付かねど小山の妻君早くも見て取り「ア、ホントにお可哀想だ」と是も亦た惆悵に絶えず、
秋の巻
米料理百種(西洋料理の部)
西洋の人は平生食物問題を研究して新しい料理を拵える事に苦心していますから小麦を常食としているにもかかわらずお米の料理が四百何十種と出来ております。 お米を常食とする我邦の人はなおさらお米料理の研究を怠ってはなりますまい。 今ここへ西洋料理の中で日本人の口に合いそうなものを五十種ほど出しておきます。
第七 赤茄子飯
赤茄子飯と申すのはペラオ飯よりも一層美味しいもので交際社会の献立に多く用いられます。
それはやっぱりペラオ飯のようにバター大匙一杯でお米一合を狐色にいためて牛か鳥のスープ三合と裏漉にした赤茄子大匙五杯とを加えて塩胡椒で味をつけてペラオ飯の通りに煮ます。
生の赤茄子のない時には壜詰のトマトソースを同じ分量で加えますが味は生の物に及びません。
この御飯だけで味が良うございますけれども大概は前にある肉汁ソースか黒ソースかあるいはドビグラスを掛けます。
補足資料
第一 ペラオ飯 と申すのは土耳古風の極く手軽なお料理で我邦の上中流社会にもこの頃大層流行します。
それは先ずお米を磨といでよく水気を切っておきます。
別にフライ鍋へ大匙一杯の上等なバターを溶かして右のお米一合ほどを入れてよく掻廻しながらお米の狐色になるまでいためます。
それを深いソース鍋へ移して三合のスープを注して塩を少し加えて最初は強い火で三十分間煮てその次は火をズット弱くして二十分間蒸らしておきます。
つまり五十分間で出来る訳わけです。
この御飯ばかりをお皿へ盛って出してもなかなか好い味ですがモー一層上等にしますと色々のソースを掛けて出します。