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− | '''赤茄子の味''' | + | '''赤茄子の味'''(あかなすのあじ)は、明治36年(1903年)に出版された[[村井弦斎]]の小説『[[食道楽]]』「[[食道楽・秋の巻|秋の巻]]」に[[トマト|赤茄子]]を用いる料理が登場する項である。 |
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2022年5月6日 (金) 02:53時点における最新版
赤茄子の味(あかなすのあじ)は、明治36年(1903年)に出版された村井弦斎の小説『食道楽』「秋の巻」に赤茄子を用いる料理が登場する項である。
第二百三十 赤茄子の味
赤茄子の味を知らざれば共に西洋料理を語るに足らず。
お登和嬢は先ほどよりの饒舌続け口の酸くなりしをも厭わず、家庭料理を世に広めたきが熱心とて再び語を継ぎ「玉江さん、西洋の野菜で赤茄子ほど調法なものはありません。滋養が多くって味が好くって畑へ三、四本も植えておくと使い切れないほど沢山出来て何のお料理にも大概赤茄子の味は少しずつ入ります。
西洋料理に赤茄子を使うのはちょうど日本料理に鰹節や昆布を使うようなもので大概なソースは赤茄子で味をつけます。
日本の茄子は生で食べられませんが赤茄子は生で食べるのが一番美味いので、ちょいとしたお料理なら熱湯をかけて指で皮を剥いて薄く二分位に截って塩少しとお砂糖をかけて食べてもいいし、お砂糖と葡萄酒をかけて戴だけばなお結構ですし、三杯酢にして御飯の副食物にするといくつでも食べられます。
暑い時分山へ登る時菓物の代りに赤茄子と塩を少し持って行って喉が渇いたら谷間の清水へ暫く漬けて冷たくして、それへ塩をつけて戴くとどんなに美味うございましょう。
兄が川へ釣りに参ります時赤茄子のサンドウィッチを拵えて遣りますと一番結構だと申します。
玉子のサンドウィッチや牛か鳥のサンドウィッチの時には別に赤茄子を一つ二つ持って参りますが、冷い水へ漬けて食べるとこれほど美味しい事はないと申します。
それから暑い処をセッセと帰って参りますと宅では冷した珈琲を拵えておいて出しますがそれを飲む時の心持は何ともいえないそうです。
冷した珈琲はやっぱり平日の通り小匙二杯の珈琲へホンの少の水と玉子の殻を二つ振細かく砕いて入れて火の上で攪き廻しながら煎じます。
珈琲がよく出た時分湯呑一杯の湯を注して角砂糖を入れて牛乳でもクリームでもコンデンスミルクでも加えてそれを硝子壜に入れて井戸の中へ釣しておいても氷へ漬けておいてもようございます。
誰でも炎天を帰って来て何か飲みたいと思う時それを出すと何より悦びます。
沢山拵えておいてお客に出しても御馳走になります。
一家の妻君となった人は良人が山へ遠足に行くとか川へ釣魚にでも往く時は手製のサンドウィッチを拵えて進げるし、家へ帰る時分には冷した珈琲を拵えおくというようにしたらさぞ良人が悦ぶでしょう。
高尚な夫婦の情愛はそういう処にあるのです。
それを妻君が無性だと外へ行って危険千万な弁当飯を買わなければならず、家へ帰って喉が渇くから、オイ直ぐに氷水を取って来いなんぞと最も不衛生的な氷水を飲むようになります。
氷をそのままお腹へ入るほど胃と腸とを害するものはありません。
西洋人は日本の町に氷水屋の多いのを見て驚いているそうです。
我邦の人は氷を飲むのでありません。
匙で掬って氷を噛るのです。
西洋料理では氷で物を冷しますけれども決して氷をそのまま食べる事はありません。
水道の水を飲む時生ぬるくって気味が悪いからホンの少しの氷片を浮かせてその水を冷す事はありますが決して氷その物を食べるのでありません。
日本風の氷水を飲むのは暑の時の不養生の第一です。
そういう事を一家の妻君が気を付けて良人にも子供にもあるいは老年の親たちにも不衛生的なものを食べさせないようにしなければなりますまい。
珈琲がなければ極く手軽にして湯冷の水へ砂糖を加えてレモンを絞り込んでその水を壜へ入れて井戸の中かあるいは氷で冷しておいても好いのですし、今のような砂糖水一合へ枸櫞酸の結晶したのなら半グラム、即ち一分三厘を溶かしてレモン油なら一滴橙皮油なら半滴を落して冷しておいてもようございます。
よく世間では稀塩酸でレモナードを作る人がありますがあれは毒だからお止よしなさい。
枸櫞酸のでも毎日多量に飲むと痩せます。
平野水や曹達水は毎日連飲すると腸を害します。
食物も同じ物を連用すると害になるようなもので飲料も色々変った物を用ゆる方がよいのです」
参考文献
- 『食道楽・秋の巻』:明治三十六年(第二百三十・赤茄子の味)