「暑中の飲物(食道楽)」の版間の差分
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'''暑中の飲物'''(しょちゅうののみもの)は、明治36年(1903年)発行された村井 弦斎(むらい げんさい)の小説『[[食道楽]]』「[[食道楽・秋の巻|秋の巻]]」に[[トマト|赤茄子]]を用いる料理が登場する項である。 | '''暑中の飲物'''(しょちゅうののみもの)は、明治36年(1903年)発行された村井 弦斎(むらい げんさい)の小説『[[食道楽]]』「[[食道楽・秋の巻|秋の巻]]」に[[トマト|赤茄子]]を用いる料理が登場する項である。 | ||
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夏の飲料は何人もその製法を知らざるべからず。 | 夏の飲料は何人もその製法を知らざるべからず。 | ||
玉江嬢いよいよ熱心に「先生、そういう事を伺いまして私は何より悦ばしく思います。 | 玉江嬢いよいよ熱心に「先生、そういう事を伺いまして私は何より悦ばしく思います。 |
2022年5月2日 (月) 19:39時点における版
暑中の飲物(しょちゅうののみもの)は、明治36年(1903年)発行された村井 弦斎(むらい げんさい)の小説『食道楽』「秋の巻」に赤茄子を用いる料理が登場する項である。
第二百三十一 暑中の飲物
夏の飲料は何人もその製法を知らざるべからず。 玉江嬢いよいよ熱心に「先生、そういう事を伺いまして私は何より悦ばしく思います。 氷水の害はお医者に聞いておりましたがさて何を以て氷水に換えようという事を存じません。 その外にまだ美味しいものがございますか」お登和嬢「さようですね、菓物のシロップを沢山拵えておいてそれを湯冷しの水へ注して壜へ入れて井戸の中か氷で冷しておけば美味しい飲料が何でも出来ます。 シロップは先日もお教え申したように桃でも梅でも杏でも李でも梨でも牡丹杏でも林檎でも苺でも何でも水気を付けずに皮を剥いてザラメ糖か角砂糖を振かけて半日ほど置くと砂糖が溶けて菓物の液を沢山呼び出します。 それを弱い火にかけて浮いて来るアクを幾度も掬い取りながら一時間ほど煮てその身はジャムにしますし、液は二度ばかり漉してモー一度火へかけて二十分間も煮て壜へ詰めて栓を確りしておくと一年でも二年でも持ちます。 家になければ食品屋で買うと色々なシロップが出来ています。 それを極ごく美味しくして戴きますには食品屋から英国製のライムジュースというレモンに似て小さいライムの液を買って大きなコップへそのライムジュースを小匙に二杯、菓物のシロップを小匙二杯、葡萄酒を二杯位の割で混ぜて湯冷しの水を注いで壜へ入れて井戸の中か氷で冷しておくのです。 これは誠に結構なものです。 それからモット上等の飲料を拵えるには玉子の黄身四つへ砂糖を大匙三杯混ぜて一合の牛乳を少しずつ注いで行ってそれを湯煎にして暫しばらく掻廻すとドロドロしたカスターソースが出来ます。 そのソースを壜へ入れて井戸の中か氷へ冷しておきます。 食べる時に玉子の白身へ少し砂糖を入れてよくよく泡立たせてレモン汁かライムジュースか何か酸いものを白身へ加えてまた泡立たせて今のソースをコップへ注いでその上へ白身を載せて匙で掻き廻しながら戴きますとそれはそれは美味しゅうございます。 カステラへこのソースを掛けて出すといよいよ結構です。 全体は菓物の煮たのへかけるのが本式です。 暑いから何か飲みたいという時にはこういうものに限ります。 くれぐれも氷水を飲んではいけません。 もし旅行中かあるいは田舎へ行ってラムネのようなものが欲しい時には瑞西製のソドルという器械付の壜を買って今のシロップでもあるいは牛乳でもビールでも何でも飲料へ炭酸瓦斯を入れて飲むと胸がすいて心持がようございます。 冷水を飲むにもソドルにすれば殺虫の功があります。 この頃は新式の軽便なのも出来ています。 今申したように良人や親が炎天をセッセと帰って来たら先ずこんな飲料を出しておいて、御飯の副食物にはマイナイスソースで和えた赤茄子とチサ菜のサラダでも出して御覧なさいまし。 それはそれは頬の落ちるほど美味しく感じます。 決して金銭に換えられない家庭料理の真味が分かります」玉江嬢「そういう処が一家の妻君たる人の働きですね。赤茄子の料理は随分色々伺いましたがまだ外にございますか」お登和嬢「赤茄子のシチューと申すのは湯をかけて指で皮を剥むいて二つに切って種を絞り出して赤茄子が五つならばバター大匙一杯と塩胡椒とを混ぜて弱い火で二十分間煮ます。 それへパンのサイの目に切ったのをバターで揚げて交ぜるとなかなか結構です。 これは全体フーカデンなんぞの付合せですがこれだけでも食べられます。 それからシタフトマトと申しますのは生のトマトの皮を剥いて中央まんなかを上の方からくり抜いてその中へ湯煮玉子の細かく切ったのをマイナイスソースで和えてそのまま出してもよし、湯煮た魚の身を細かく切ってマイナイスで和えて詰めてよし、牛肉や鳥肉の細かにしたのを和えて詰てもよいのです。この方が煮たのよりも味が良いいようです」
関連項目
参考文献
- 『食道楽・秋の巻』:明治三十六年(第二百三十一・暑中の飲物)村井 弦斎