牛の臓物(食道楽)
牛の臓物(うしのぞうもつ)は、明治36年(1903年)に出版された村井弦斎の小説『食道楽・冬の巻』で赤茄子が登場する項である。
註譯
○牛の舌は本文の如く湯煮たるものを薄く切り白ソースかあるいはトマトソースをかけて食すればボイルドタンなり。 その残物は翌日フライにしてもよし、フエタスにするもよし、崩してメンチトースあるいはコロッケーにもなすべし。
○犢の肝臓はロースにするもよし。それには肝臓へ豚のベーコンを処々へ差し込み塩胡椒を振りバターを載せて二十分間法の如くロース焼にするなり。
○舌は犢か羊を上等とす。豚の舌も牛の如くに料理すれども味は少しく劣れり。
○胃袋は大牛を良しとす。
○キドネー即ち腎臓は羊を上等とす。
第二百八十九 牛の臓物
妻君「牛の脳味噌と聞くと何だか気味が悪いようですね。
追々食べ慣れたら平気になるかもしれません。
それから顔の皮というのはどう致します」お登和嬢「顔の皮と申して頭の皮も何の皮も皆んな食べられますが、それを最初塩でよく揉もんでヌルヌルを除とってしまってよく洗って、深い鉄鍋の中へ水と一緒に入れて少し塩を加えて人参や玉葱なんぞを入れて強くない火で四時間ばかり湯煮ます。
そうすると皮が大層柔くなります。
別の鍋でバター一杯をいためてコルンスタッチ一杯をよくいためてスープを五勺に瓶詰のトマトソースを一合加えて塩胡椒で味を付けて今の皮をその中へ入れて一時間ほど煮ますと美味しいシチューが出来ます」妻君「牛の舌はいつでもシチューに致しますが外にお料理がございますか」お登和嬢「ハハ色々ございますが軽便なのはやっぱりシチューにする時のように最初舌を塩でよく揉んでヌルヌルを除って洗って深い鍋へ水と一緒に入れて人参玉葱を加えて強くない火で四時間湯煮ます。湯煮上った処でザラザラした厚皮を剥はいで別にバターで粉をいためて牛乳を注して塩胡椒で味をつけた白ソースを拵えます。
その白ソース一合へ玉子の黄身を二つ入れてツブツブの出来ないようによく混ぜて丸のまま今の舌を入れて弱い火で一時間煮ます。
イザ出す時薄く切って油で揚げたジャガ芋か何かの野菜を附合せにして汁をかけますがこれは舌のフルカセーです」妻君「ジャガ芋を揚げるのはどう致します」お登和嬢「ジャガ芋を拍子木形に切ってサラダ油でよく揚げて熱い内に塩胡椒を振りかけます」妻君「それで頭のお料理が出来ました。
今度は何になります」お登和嬢「そうですね、レバーといって犢の肝臓のお料理があります。
犢の肝臓は廉い物で大きなのが一つ十五銭位一斤余あります。
それを生のまま三分位の厚さに切って塩胡椒してメリケン粉を叩きつけてバターでフライにしますが柔くってなかなか結構です。
これへ野菜を附合せにして芥子ソースをかけるとなお美味しくなります。
芥子ソースはフライにした時出た汁へメリケン粉を入れてよくいためてスープを加えて溶き芥子を入れて酢を少し注したものです。
豚のベーコンを湯煮て薄く小さく切ってこのソースへ入れて一緒にレバーへかけて戴くとなお上等になります」妻君「レバーは私も一度食べた事がありますが脳味噌ほど気味が悪くありません。
その次は」お登和嬢「トライプといって牛の胃袋のお料理もあります。
これも最初塩で揉んで洗って人参玉葱と一緒に四時間湯煮て、それを小さく切りますがその時黒いポツポツの処を除かないといけません。
それから今の皮のようにトマトソースを拵えて一時間煮てシチューにしてもよし、あるいは白ソースで煮てもようございます」妻君「その次は」お登和嬢「キドネー即ち腎臓です。これは俗にケンネーといいまして牛の生脂即ちケンネー脂の中に包まれています。最初生のまま細かく切って沸湯へザット入れて一度沸上にえあがったら直ぐ出してブラウンソース即ちバターでメリケン粉を黒くなるまでいためてスープを注して味を付けたもので火を弱くして少し煮るのです」妻君「その次は」
参考文献
- 『食道楽・冬の巻』:明治三十六年(第二百八十九)