ワーテルゾーイ

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『ワーテルゾーイ』

ワーテルゾーイ(Waterzooï)は、ベルギー北部に位置するオースト=フランデレン州の州都ヘント(ゲント)発祥の料理である。 よって、地名のゲントを表し「ワーテルゾーイ・ア・ラ・ガントワーズ」(Waterzooï à la Gantoise)とも呼ばれる。

語源

ワーテルゾーイ(Waterzooï)は、ベルギーおよびフランス北東部で話されているフラマン語で「煮えた水」を意味する。 “ Water ” は “ 水 ” 、“ zooi ” は “ 煮える ” を意味し、特に魚の調理に用いられた古い動詞 “ Zuien ” に由来する。

起源

スヘルデ川の経路

起源は、13世紀(1201年 - 1300年)末の中世にさかのぼる。 当時、スヘルデ川の水位を調整するため、ゲントにダムと水車が建設された。 スヘルデ川は、フランス・エーヌ県を源流とし、ベルギーのオースト=フランデレン州の州都であるゲント(Gand)を通り、オランダを経由して北海へ注ぐ川である。

建設された水車群は、日本でも古くから稲作をはじめとする農作物への水の供給(潅水)の他、水車の動力を活かして米の脱穀、蕎麦や小麦などの製粉にも利用されたように、穀物や小麦の製粉工場の役割も果たした。 これにより、粉砕時に発生する大量の屑が川へ流れ込み、それをエサとして多種の淡水魚が大繁殖し、漁師の数も大幅に増えたのである。 地元では豊富な淡水魚類が捨て売り同然の値段で手に入り、どんなに貧しい人々でさえも不自由することなく腹を満たす豊かな食事ができた。 これは乱獲ではなく、あくまで豊漁である。 このような状況からザリガニなどの食用となる甲殻類も同じように豊富に獲れ、食卓に上る存在だったと考えられる。 地元の人々は毎日水揚げされる新鮮な魚を毎日使う事ができ、より手軽に調理する方法として誕生したとされる。

淡水魚を使った料理は、フランス国王のフィリップ6世、シャルル5世、シャルル6世に渡って料理長を務めたタイユヴァン(Taillevent)ことギョーム・ティレル(Guillaume Tirel:1310年 - 1395年)が著した中世ヨーロッパ最古の料理書『ル・ヴィアンディエ』にも記載されている。 このことでも、食用となる淡水魚がフランドル地方の川や運河に豊富に生息し、農民の身近な食料源となっていたことが伺える。

伝説

フランス国王

シャルル5世(Charles V:1338年1月21日 - 1380年9月16日)は、城壁に閉じ込められたゲントの住民を飢え死にさせようとしたが、その際に彼らは街の水辺で獲れるものを食べて飢えを凌いだという。 この出来事によって、ワーテルゾーイのレシピがゲントと結びついたという逸話もある。

スペイン国王

ゲント生まれで、ハプスブルク家・スペイン国王(スペイン帝国)のカルロス1世(Carlos I:1500年2月24日 - 1558年9月21日)は、第3代神聖ローマ帝国皇帝「カール5世」(Karl V:在位 1519年 - 1556年)としても即位した。 ワーテルゾーイは、彼がゲントのシント・ジョリショフ(Sint Jorishof)宮殿で食べていたお気に入りの料理の一つだったと伝えられている。

食材の変化

13世紀

『ワーテルゾーイ・ドゥ・ポワソン・ア・ラ・ガントワーズ』魚のワーテルゾーイ・ゲント風(2018年・優勝作品)

本来、ワーテルゾーイは川で獲れる淡水魚類で作られていたゲントの郷土料理である。 古典的なレシピに登場する魚類と食用とされていた魚類を合わせると、以下の淡水魚が含まれる。

  • アンギーユAnguille):ヨーロッパウナギ
  • ベックBec):カワカマス
  • カルプCarpe):コイ
  • ペルシュPerche):パーチ
  • テンチTanche):コイ科の魚
  • バボーBarbeau):コイ科のさまざまな種の魚
  • ブロシェBrochet):パイク
  • ロタ・ロタLota lota):カワメンタイ

これらの淡水魚は、2000年代までに川から姿を消し、絶滅に瀕した。 この危機的状況を回避するため、魚を保護する対策を講じたことで、ゲントの川は再び息を吹き返しつつある。

現在、古典的なワーテルゾーイは、ブロシェやウナギ、その他の淡水魚で作られるようになったが、まだまだ多くの人々の口に上ることは少ない。 ワーテルゾーイには “ 淡水魚が使われていた ” という歴史的経緯をそもそも知らない人々も多く、今日では二大巨頭となった鶏肉や海水魚を使ったものが伝統的なワーテルゾーイとして、あまりにも広く認知されて定着しているため、もはや歴史的背景すらその影に隠れてしまっているのも要因の一つである。

2018年、ゲントで開催された「Week van het Gents」(ゲント・ウイーク)では、地元食材に基づいた本来のワーテルゾーイを復元すべく、鶏肉や海水魚を使わずにゲントの川に生息する4種の淡水魚で作ったワーテルゾーイが優勝した。 これには淡水に生息するザリガニ(Écrevisse:エクルヴィス)も添えられた。

19世紀

19世紀末になると工業化が始まり、ゲントとその周辺には多くの工場が建設された。 淡水魚が繁殖した直接的要因であった水車が近代化によって姿を消すと同時に、魚たちも徐々に姿を消していった。 さらに拍車をかけるように、工場から排出される多くの産業廃棄物によって河川の水質汚染が進み、魚の数が激減したのである。 水車から排出された廃棄物は魚と地元民に大きな恩恵をもたらしたが、工場の廃棄物は魚と地元民に大きなダメージを与えるという皮肉な結果となった。 豊漁だった時代から一転して不漁に陥り、もはや貴重食材となった魚の値段は高騰し、慣れ親しんだワーテルゾーイを作るためには別の安価な食材を探し、代替する他なかったのである。

鶏肉の利用

ワーテルゾーイに鶏肉を利用するに至った経緯は諸説ある。

  • 養鶏の産業化

当時、ゲントには養鶏農家が多くあり、高値となった魚よりもニワトリの方がはるかに安かったため、鶏肉が代用されるようになった。

  • 冬季の代用食材

野菜の利用

古典的なワーテルゾーイ

『L'Economie Culinaire』
料理経済学(1861年)

フィリップ=エドゥアール・コーデリエ(Philippe Édouard Cauderlier:1812年4月17日 - 1887年10月29日)









淡水魚

  • ワーテルゾーイ・ドゥ・ポワソン・ド・ドゥースWaterzooï de Poissons d'eau douce)は、淡水魚類を使ったもので、現在のワーテルゾーイの元祖である。「ポワソン・ド・ドゥース」とは “ 淡水魚 ” を指す固有名詞。

ウナギ、カワカマス、コイ、バボー、そして特にこの料理に適しているパーチを選ぶ。
これらの魚はすべて新鮮でなくてはならない。
玉ねぎ、にんじん、セロリ、パセリの根、にんにく1片、白こしょう、ローリエ、タイム、クローブをバターと一緒にフライパンでソテーする。
魚の頭と尾を加え、半分の水と半分の白ワインを加え、沸騰したら火を止め、塩を加えて3時間半ほど静かに煮込み、非常に濃縮されたブイヨンを得る。
これを布巾(または目の細かいふるい)で濾し、魚の身を適当な大きさに切り、鍋に入れて強火にかけ、25分ほどぐつぐつと煮込む。
味を調えた後、すべての魚が崩れることなく調理されていることを確認する。
上質のバター(大)とブリュッセルのクリスプ(1個または複数個)を加えてソースを固め、野菜と魚をタンバル(平皿)かスーピエール(スープ鉢)に盛り付ける。
ソースの仕上げに、クリームと卵黄を少々加え、必要ならブールマニエを加えて、魚をヴルーテのようにコーティングし、バターを塗った白パンのクルトンを添える。
生粋のフランドル人は、フランダースブロンドやランビックの泡で口を洗い流します。

ウサギ

  • ル・ワーテルゾーイ・ドゥ・ボライユLe Waterzooï de Volaille

食べやすい大きさに切った仔牛のスネ肉を鍋に入れ、同量の*グレインフェッドチキン、またはプーラルドを好みに合わせて入れる。
水を入れて沸騰させ、水分を飛ばして塩をし、クローブ2個をちりばめたタマネギ1個、ブーケガルニと白ネギ1束、パセリ1束、つぶしたニンニク2片を添える。
その間に、小麦粉を細かいバターと一緒に煮て(ルー)、肉のブイヨンで湿らせ、鶏肉のソースに十分な透明なホワイトソースを作る。
肉と鶏肉に完全に火が通ったら、食べやすい大きさに切り、鶏肉は皮を剥いてティンベールに並べ、おろしナツメグとカイエンヌ少々でソースを仕上げ、上質のバターと新鮮な卵黄でつなぎ、チーズクロスで絞り、セロリと鶏肉のソース、スネ肉も加えます。
セロリを加え、鶏肉とすね肉にソースをかけ、バターを塗ったブラウンブレッドのスライスを添えて供する。
鶏肉はウサギに置き換えてもよい。

ニワトリ

  • ワーテルゾーイ・ドゥ・プレ・ア・ラ・ルヴァニエンヌWaterzooï de Poulet à la Louvanienne

仔牛のスネ肉、コショウ、塩、ポトフ用の野菜で良いブイヨンを作り、1時間煮込む。
ブイヨンを布巾で漉し、6つに切ったブリュッセル産の鶏、またはメヘレン・クークック(ブレス鶏と同等)2匹を鍋に入れ、柔らかくなるまで煮込み、煮汁を勢いよく煮詰める。
皮を取り除いた鶏をタンバルに並べ、煮汁を生クリームで仕上げ、バターと卵黄でソースをつなぎ、鶏肉にパセリをまぶす。
バターを塗った黒パンのスライスと一緒にお召し上がりください。

現代のワーテルゾーイ

家禽

『ワーテルゾーイ・ドゥ・プレ』
  • ワーテルゾーイ・ドゥ・プレWaterzooï de Poulet):鶏肉を使ったもので、魚主体のワーテルゾーイ・ドゥ・ポワソンと並ぶ定番メニュー。店によっては、鶏のササミ(Blanc de poulet:ブラン・ドゥ・プレ)を使う場合もあるが、一般的には、鶏モモ肉(Cuisses:キュイッス)、または、下モモ肉(Pilons:ピロン)が使われる。ニワトリの品種では、ベルギーの地鶏「メヘレン・クークック」(Mechelse Koekoek)という大型品種が有名である。
  • ワーテルゾーイ・ドゥ・ボライユWaterzooï de Volaille):ボライユとは、ニワトリを含む家禽類(ガチョウ、アヒル、七面鳥、ホロホロ鳥、ウズラ、キジ、ハトなど)の総称。厳密には食用として飼育されたウサギ(ラパン)やカエル(グルヌイユ)も家禽に含まれるが、これらの食材はワーテルゾーイに使われることは少ない。

魚類

『ワーテルゾーイ・ドゥ・ポワソン』
  • ワーテルゾーイ・ドゥ・ポワソンWaterzooï de Poisson):魚を使ったもので、鶏肉主体のワーテルゾーイ・ドゥ・プレと並ぶ定番メニュー。主に北海産のシタビラメ、サーモン、タラ、アンコウ、シーバス、エイなどの海産魚類が使われる。
  • ワーテルゾーイ・ドゥ・ポワソン・ド・メールWaterzooi de Poisson de Mer):ポワソン・ド・メールは、 “ 海水魚 ” を意味する。魚主体のワーテルゾーイ・ドゥ・ポワソンと同義で用いられることが多いが、貝類や甲殻類を多少加えたものにも用いられる場合がある。
  • ワーテルゾーイ・ドゥ・ラ・メールWaterzooï de la Mer):ラ・メールは、フランス語で “ 海 ” を指す固有名詞。鶏肉を使った陸のワーテルゾーイ・ドゥ・プレに対して “ 海のワーテルゾーイ ” というニュアンスである。魚主体のワーテルゾーイ・ドゥ・ポワソンと同義で用いられることが多いが、貝類や甲殻類を多少加えたものにも用いられる場合がある。

貝類・甲殻類

  • ワーテルゾーイ・ドゥ・フリュイ・ド・メールWaterzooï de fruits de mer):フリュイ・ド・メールとは、直訳すると “ 海のフルーツ ” 、いわば “ 海の幸 ” のことで、シーフード全般の総称。主に北海産の魚介類を使ったもので、貝類や甲殻類を豊富に加えたものが一般的である。
  • ワーテルゾーイ・ドゥ・ラ・メール・ドュ・ノールWaterzooï de La Mer du Nord):メール・ドュ・ノールは、フランス語でヨーロッパ北西部に面する “ 北海 ”(英: North Sea)の固有名詞。「ワーテルゾーイの北海風」を意味し、北海産の魚介類へのこだわりを強調したメニュー名として用いられる。
  • ワーテルゾーイ・ドゥ・オマールWaterzooï de Homard):オマール海老を使ったもの。伝統的なレストランなどでは、オマールは他のメイン食材として使われるため、一般的ではない。

野菜類

  • ワーテルゾーイ・ドゥ・レギュームWaterzooï de Légumes):野菜のみを使ったもの。提供する店は存在するが極めて少ない。主に菜食主義者の間で作られるもので一般的ではない。


未来のワーテルゾーイ

  • ワーテルゾーイ・ドゥ・ポワソン・ド・ドゥース・ア・ラ・ガントワーズWaterzooï de Poissons d'eau douce à la Gantoise):淡水魚のワーテルゾーイ・ゲント風。「ポワソン・ド・ドゥース」は、“ 淡水魚 ” を指す固有名詞。
  • ワーテルゾーイ・ドゥ・リヴィエール・ア・ラ・ガントワーズWaterzooï de Rivière):川のワーテルゾーイ・ゲント風。「リヴィエール」は、“ 川 ” を指す固有名詞。
  • ワーテルゾーイ・ドゥ・ポワソン・ド・ドゥースWaterzooï de Poissons d'eau douce
  • ワーテルゾーイ・ドゥ・リヴィエールWaterzooï de Rivière
  • ワーテルゾーイ・ドゥ・ル・ラックWaterzooï de le Lac):湖のワーテルゾーイ。「ル・ラック」は、“ 湖 ” を指す固有名詞。

関連項目