ワーテルゾーイ
ワーテルゾーイ(Waterzooï)は、ベルギー北部に位置するオースト=フランデレン州の州都ヘント(ゲント)発祥の料理である。 よって、地名のゲントを表し「ワーテルゾーイ・ア・ラ・ガントワーズ」(Waterzooï à la Gantoise)とも呼ばれる。
語源
ワーテルゾーイ(Waterzooï)は、ベルギーおよびフランス北東部で話されているフラマン語で「煮えた水」を意味する。 “ Water ” は “ 水 ” 、“ zooi ” は “ 煮える ” を意味し、特に魚の調理に用いられた古い動詞 “ Zuien ” に由来する。
起源
起源は、13世紀末の中世にさかのぼる。 当時、スヘルデ川の水位を調整するため、ダムと水車が建設された。 スヘルデ川は、フランス・エーヌ県を源流とし、ベルギーのゲント(Gand)を通り、オランダを経由して北海へ注ぐ川である。 建設された水車群は、日本でも古くから水車の動力を活かして米の脱穀、蕎麦や小麦などの製粉に利用されてきたように、穀物や小麦の製粉工場の役割も果たした。 これによって大量の屑が川に流れ込み、それをエサとして多種の淡水魚が大繁殖し、漁師の数も大幅に増えたのである。 地元では豊富な淡水魚が捨て売り同然の値段で手に入り、その日に獲れた魚を手軽に調理する方法として誕生した料理とされる。
ヘント生まれで、ハプスブルク家・スペイン国王(スペイン帝国)のカルロス1世(1500年2月24日 - 1558年9月21日)は、第3代神聖ローマ帝国皇帝「カール5世」としても即位した。 ワーテルゾーイは、彼がヘントのシント・ジョリショフ(Sint Jorishof)宮殿で食べていたお気に入りの料理だったと伝えられている。
食材の変化
13世紀
本来、ワーテルゾーイはスヘルデ川で獲れる淡水魚類で作られていた。 古典的なレシピでは、7種類以上の淡水魚が含まれている。
- アンギーユ(Anguille):ヨーロッパウナギ
- カルプ(Carpe):コイ
- テンチ(Tanche):コイ科の魚
- バボー(Barbeau):コイ科のさまざまな種の魚
- ブロシェ(Brochet):パイク
- ペルシュ(Perche):パーチ
- ベック(Bec):カワカマス
- ロタ・ロタ(Lota lota):カワメンタイ
これらの淡水魚は、2000年代までに川から姿を消し、絶滅に瀕した。 この危機的状況を回避するため、魚を保護する対策を講じたことにより、ゲントの川は再び息を吹き返しつつある。
現在、古典的なワーテルゾーイは、ブロシェやウナギ、その他の淡水魚で作られるようになったが、まだまだ多くの人々の口に上ることは少ない。 ワーテルゾーイには “ 淡水魚が使われていた ” という歴史的経緯をそもそも知らない人々も多く、今日では二大巨頭となった鶏肉や海水魚を使ったものが伝統的なワーテルゾーイとして、あまりにも広く認知されて定着しているため、その影に隠れてしまっているのも要因の一つである。
2018年、ゲントで開催された「Week van het Gents」(ゲント・ウイーク)では、地元食材に基づいた本来のワーテルゾーイを復元すべく、鶏肉や海水魚を使わずにゲントの川に生息する4種の淡水魚をメインに作ったワーテルゾーイが優勝した。 これには淡水に生息するザリガニ(Écrevisse:エクルヴィス)も添えられた。
19世紀
19世紀末になると工業化が始まり、ゲントとその周辺には多くの工場が建設された。 淡水魚が繁殖した直接的要因であった水車が近代化によって姿を消すと同時に、魚たちも徐々に姿を消していった。 さらに拍車をかけるように、工場から排出される多くの産業廃棄物によって河川の水質汚染が進み、魚の数が激減したのである。 水車から排出された廃棄物は魚と地元民に大きな恩恵をもたらしたが、工場の廃棄物は魚と地元民に大きなダメージを与えるという皮肉な結果となった。 豊漁だった時代から一転して不漁に陥り、もはや貴重食材となった魚の値段は高騰し、慣れ親しんだワーテルゾーイを作るためには別の安価な食材を探し、代替する他なかったのである。
当時、ゲントには養鶏農家が多くあり、高値となった魚よりもニワトリの方がはるかに安かったため、鶏肉が代用されるようになった。
伝統的なワーテルゾーイ
- ワーテルゾーイ・ドゥ・ポワソン・ド・ドゥース(Waterzooï de Poissons d'eau douce)
- ル・ワーテルゾーイ・ドゥ・ボライユ(Le Waterzooï de Volaille)
食べやすい大きさに切った仔牛のむね肉を鍋に入れ、同量のグレインフェッドチキン、チキン、プーラードを好みに合わせて入れる。
水を入れて沸騰させ、水分を飛ばして塩をし、クローブ2個をちりばめたタマネギ1個、ブーケガルニと白ネギ1束、パセリ1束、つぶしたニンニク2片を添える。
その間に、小麦粉を細かいバターと一緒に煮て(ルー)、肉のブイヨンで湿らせ、鶏肉のソースに十分な透明なホワイトソースを作る。
肉と鶏肉に完全に火が通ったら、食べやすい大きさに切り、鶏肉は皮を剥いてティンベールに並べ、おろしナツメグとカイエンヌ少々でソースを仕上げ、上質のバターと新鮮な卵黄でつなぎ、チーズクロスで絞り、セロリと鶏肉のソース、スネ肉も加えます。
セロリを加え、鶏肉とすね肉にソースをかけ、バターを塗ったブラウンブレッドのスライスを添えて供する。
-鶏肉はウサギに置き換えてもよい。
- ワーテルゾーイ・ドゥ・プレ・ア・ラ・ルヴァニエンヌ(Waterzooï de Poulet à la Louvanienne)
現代のメニュー名とバリエーション
家禽
- ワーテルゾーイ・ドゥ・プレ(Waterzooï de Poulet):鶏肉を使ったもので、魚主体のワーテルゾーイ・ドゥ・ポワソンと並ぶ定番メニュー。店によっては、鶏のササミ(Blanc de poulet:ブラン・ドゥ・プレ)を使う場合もあるが、一般的には、鶏モモ肉(Cuisses:キュイッス)、または、下モモ肉(Pilons:ピロン)が使われる。ニワトリの品種では、ベルギーの地鶏「メヘレン・クークック」(Mechelse Koekoek)という大型品種が有名である。
- ワーテルゾーイ・ドゥ・ボライユ(Waterzooï de Volaille):ボライユとは、ニワトリを含む家禽類(ガチョウ、アヒル、七面鳥、ホロホロ鳥、ウズラ、キジ、ハトなど)の総称。厳密には食用として飼育されたウサギ(ラパン)やカエル(グルヌイユ)も家禽に含まれるが、これらの食材はワーテルゾーイに使われることは少ない。
魚類
- ワーテルゾーイ・ドゥ・ポワソン(Waterzooï de Poisson):魚を使ったもので、鶏肉主体のワーテルゾーイ・ドゥ・プレと並ぶ定番メニュー。主に北海産のシタビラメ、サーモン、タラ、アンコウ、シーバス、エイなどの海産魚類が使われる。
- ワーテルゾーイ・ドゥ・ポワソン・ド・メール(Waterzooi de Poisson de Mer):ポワソン・ド・メールとは、 “ 海水魚 ” を意味する。魚主体のワーテルゾーイ・ドゥ・ポワソンと同義で用いられることが多いが、貝類や甲殻類を多少加えたものにも用いられる場合がある。
- ワーテルゾーイ・ドゥ・ラ・メール(Waterzooï de la mer):ラ・メールとは、フランス語で “ 海 ” を指す固有名詞。鶏肉を使った陸のワーテルゾーイ・ドゥ・プレに対して “ 海のワーテルゾーイ ” というニュアンスである。魚主体のワーテルゾーイ・ドゥ・ポワソンと同義で用いられることが多いが、貝類や甲殻類を多少加えたものにも用いられる場合がある。
貝類・甲殻類
- ワーテルゾーイ・ドゥ・フリュイ・ド・メール(Waterzooï de fruits de mer):フリュイ・ド・メールとは、直訳すると “ 海のフルーツ ” 、いわば “ 海の幸 ” のことで、シーフード全般の総称。主に北海産の魚介類を使ったもので、貝類や甲殻類を豊富に加えたものが一般的である。
- ワーテルゾーイ・ドゥ・ラ・メール・ドュ・ノール(Waterzooï de La Mer du Nord):メール・ドュ・ノールとは、フランス語でヨーロッパ北西部に面する “ 北海 ”(英: North Sea)の固有名詞。「ワーテルゾーイの北海風」を意味し、北海産の魚介類へのこだわりを強調したメニュー名として用いられる。
- ワーテルゾーイ・ドゥ・オマール(Waterzooï de Homard):オマール海老を使ったもの。伝統的なレストランなどでは、オマールは他のメイン食材として使われるため、一般的ではない。
野菜類
- ワーテルゾーイ・ドゥ・レギューム(Waterzooï de Légumes):野菜のみを使ったもの。提供する店は存在するが極めて少ない。主に菜食主義者の間で作られるもので一般的ではない。