𩵔魚油燒トマト餡
𩵔魚油燒トマト餡(はゑあぶらやきとまとあん)は、 大正11年(1922年)に石塚松雲堂から発行された『新しき研究 和洋料理の仕方』に掲載された料理である。
材料(六人前)
- 𩵔魚:三尾
- バター:大匙山一杯
- トマトソース:五勺
- 塩:少々
- 片栗粉:少々
- 鰹煮出汁:一合
- 胡麻油
- 胡椒
作り方
まず水洗いせる𩵔魚を三枚におろし腹部の薄骨をそぎ中央の小骨を丁寧に抜き取り、皿または板の上に平らに並べ少量の塩と胡椒を散布しておきます。 およそ十五分か二十分ののち形妻折に身の方を上にして串を刺し(さし方は串の刺し方の條に有り)肉の方より火にかけ中ば焼けましたる頃バターを塗り二三回にして両面をよく焼きあげ、火よりおろし串を抜きて皿に盛りトマト餡をかけて進めます。
トマト餡はトマトを鍋に入れ煮出汁を加え、火に架け一度煮え立たせ塩胡椒にて加減をなし、少量の片栗粉にてねばり気をつけて用います。
注意
魚を焼きます時バターを塗りましたなれば煙の立たない様に団扇にてあおぎつつ焼きます。
これは煙のために黒くならぬようするのであります。
補足
𩵔魚(はゑ:はえ)は、「ハヤ」または「ハヨ」とも呼ばれ、ウグイ、アブラハヤ、タカハヤ、オイカワ、カワムツ、ヌマムツなどの中型で細長い体型をもつ日本産のコイ科の淡水魚の総称で「鮠魚」とも記される。 ヌマムツは2000年頃まではカワムツと同種として扱われていたが、現在は食用とされることは少ない。 他のウグイ、アブラハヤ、タカハヤ、オイカワ、カワムツは食用として利用されている。 また、地方によっては淡水魚のアマゴ(サツキマスの陸封型個体)、ギンブナ、ヤリタナゴも「ハエ」と呼ばれる。 明治時代の兵庫県明石の漁村では「𩵔」は食用とされる海水魚のイサキを指す。
本書では、同じく「𩵔魚」を用いるものでイサキと思われる料理類もあるが、𩵔魚(はゑ)の料理類のページとは区別され離れている。 その場合は料理名「𩵔魚(いさを)の刺身」、材料「いさぎ二尾」という振り仮名があり、刺身に用いる時点で一般的に海水魚を示すものであり、本料理は𩵔魚(はゑ)となっていることから、これら二種の魚は異なる。
淡水魚としての生食の代表格では「鯉の洗い」(完全な刺身ではない)が一般的だが、郷土料理としては鮒の刺身と鮒の魚卵を塩水でボイルしたのち、冷却したものとを和えた「鮒の子まぶし」があり、滋賀県(琵琶湖)、岐阜県南西部(木曽三川)、鳥取県(湖山池)、島根県(宍道湖)で食される。 また冬の風物詩である「寒鮒の刺身」(かんぶな)は、滋賀県(琵琶湖)、石川県(邑知潟)、福井県(北潟湖)、島根県(宍道湖)で食される。 「鮒の子まぶし」と「寒鮒」は共に、現在も食通の間でも知られる伝統料理だが、その文化地域以外では一般的ではない。 大正11年(1922年)当時、淡水魚の刺身をあえて大々的に料理本に掲載することは、無知識で馴染のない者が生息環境や季節、調理法を理解せず安易に生食した場合、危険をはらむため、これは考えられにくい。 𩵔魚「いさを」「いさぎ」は磯魚のイサキであっただろう。
江戸時代の俳人・方言研究家の越谷吾山(こしがや ござん:1717年・享保2年 - 1788年1月24日・天明7年12月17日)による安永4年(1775年)の江戸時代の方言辞典『物類称呼』(ぶつるいしょうこ)では「はゑは蠅を好て食う故なづく」とある。 よって、𩵔魚「はゑ」は間違いなく川魚である。
𩵔魚(はゑ)
参考文献
- 『新しき研究 和洋料理の仕方』:大正11年1月・石塚松雲堂