徳用料理(食道楽)

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徳用料理(とくようりょうり)は、明治36年(1903年)に出版された村井弦斎の小説『食道楽夏の巻』で赤茄子が登場する項である。

註譯

○イチボよりも一層廉價なるはブリスケと云う肉にて一斤十八銭なり、それをイチボ同様に料理しても味良し。

○サラダに使ふソースはマイナイスソースの代りに手輕なフランチソースを用ゐても宜し、それは鹽を小匙に輕く一杯、砂糖を小匙半杯、胡椒少しと此れ三品を鉢へ入れて大匙一杯のサラダ油を加へてよく氣長に釋き混ぜ洋酢を大匙半杯へよく/\混ぜる、丁寧にせざれば油と酢がよく混ぜす、斯くして復たサラダ油と酢を二杯混ぜて野菜と和へてよし、野菜には赤茄子の外に湯煮たるジャガ芋人参隠元生の林檎生の胡瓜等の細かく切りたるものを用ゐてよし。

第百七十五 徳用料理

玉江嬢も亦た中川の意見に同情を表せり「爾う被仰いますと成程外の人は料理の趣味を存じませんネ、私は折々お友達に向ってお料理の話を致しますけれども滅多に心を傾けて聞く人がありません、其癖お内へ往って見ると牛肉ならば内ロースの高い處計り毎日買って鍋でジュー/\煮て極く不經濟に食べて居る人が多い様です、テンピ一つありますと安くって美味しくってそれで經濟なお料理が澤山出来ます、私は先生から牛肉の徳用料理と云ふものを伺ひましたからよくそれを致しますが先づ最初に牛の三角肉即ちイチボの安い處を二斤買ってお湯を沸立たせて鹽を少し加へて其のお湯へ今の肉を其儘入れてアクが浮上ると直ぐ掬ひ取って人参と玉葱を少し入れて三時間半位湯煮ますと大層柔くなって味が出ます、斯うするには外の肉だと却て味が抜けて不可ません、イチボの硬い處が丁度よくなるのだそうですネ、それを極く薄く切って山葵ソースをかけて戴きますが何とも云へない美味い味が致します、山葵ソースは三人前なら最初にバター大匙一杯をソース鍋へ溶かしてメリケン粉を大匙一杯入れて掻廻しながらよくいためて前に肉を湯煮たスープと牛乳とを半分づゝ入れてドロ/\に溶いて鹽と胡椒とを加へて少し煮て火から卸し、それへ山葵の卸したのを匂の付く程混ぜて肉へかけます、此の附合には小さなヂャガ芋の湯煮たのと細かく切たパセリとを鹽とバターでいためたものです、或は時によって外の野菜でも搆ひません、それが第一日のお料理で、翌日は残った肉をサラダにしますが肉は煮てありますからソースだけ拵えへれば何んでもありません、サラダはマイナイスソースと云て大層美味いものです、上等にすると先づ三人前なら玉子一つを固く湯煮て黄身計りを裏漉しにして生玉子の黄身一つを混ぜて芥子を小匙に一杯、鹽を小匙に半杯、砂糖を小匙に半杯、胡椒を少しとそれだけ加へてよく練り交ぜてサラダ油をホンの極く少しづゝ注いで行って大匙三杯だけ加へて西洋酢を一杯入れてよく混ぜるのです、肉は極く薄く切って皿へ載せて鹽で揉んだ胡瓜と赤茄子とを付けますが赤茄子は沸湯へ漬けて暫く置いて指の先きか或は竹の箆で皮を剥きます、それを薄く切って前に残った玉子の白身を小さく切って混ぜて此の品々を今のマイナイスソースで和へて肉の側へ置きます、赤茄子は肝臓を養ふ功能があるようですネ、肉の無い時は此のソースを野菜計りへかけても宜う御座います、それが二日目のお料理でまだ肉が残ります、三日目になりますと湯煮た牛肉が段々硬くなりますから肉挽器械で砕しても或は俎板の上で叩いても搆ひません、コロッケの様な残物料理に致します、手輕なコロッケは今の崩した肉と湯煮たジャガ芋の裏漉しにしたのと等分に交ぜて生玉子一つに鹽胡椒を入れて好きな形に圓めてメリケン粉へ轉ろがして又た玉子の黄身へ轉ろがして今度はパン粉へ轉ろがしてフライ鍋で燒きます、上等にすれば赤茄子ソースをかけますが、そのソースはバター一杯を鍋で溶かしてコルンスタッチ即ち玉蜀黍の粉一杯をいためて壜詰みの赤茄子ソースとスープを入れてドロ/\にして鹽胡椒で味をつけたものです、コルンスタッチの無い時はメリケン粉を使っても搆ひません、斯う云ふ風にしますとイチボ肉を二斤即はち二十八銭づゝとして五十六銭買って置きますと第一日が三人前のボイルドビーフ、次の日が三人前のサラダ、次の日が三人前のコロッケと九人前の料理が充分に出来ます、斯んな徳用な事はありません」と子爵の姫君も今は經濟を說くに至りぬ、

『食道楽』夏の巻・第百七十五

参考文献