「フレーバーセーバー」の版間の差分
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2022年7月5日 (火) 08:07時点における版
フレーバーセーバー(Flavr Savr / 識別子:CGN-89564-2)は、1980年代にカリフォルニアのカルジーン社が開発した遺伝子組換えトマトで、商業的に栽培された遺伝子組換え食品として世界で初めてヒトへの摂取許可を取得したものである。
フレーバーセーバーという名称は厳密に言えば、1988年にカリフォルニアのカルジーン社が特許を取得した種子の名前である。
概略
1980年代にカリフォルニアのカルジーン社によって開発された。 このトマトは、非改良品と比較して保存性が向上し、菌類への耐性が高まり、粘性がわずかに増加した。 長距離輸送でも風味が高く、熟して収穫されることを意図したものである。 フレーバーセーバーはカルジーン社によって追加された2つの遺伝子、すなわち前述の腐敗酵素の生産を阻害するアンチセンス・ポリガラクチュロナーゼ遺伝子と、カナマイシンやネオマイシンなど特定のアミノグリコシド抗生物質に耐性を与えるAPH(3')II生成のための遺伝子を含んでいる。 1992年に米国食品医薬品局(FDA)に提出された。 1994年5月18日、FDAはフレーバーセーバートマトとAPH(3')II使用に関する評価を完了し、「従来の方法で育成したトマトと同様に安全」「アミノグリコシド3'-リン酸転移酵素IIは、食品使用を目的としたトマト、菜種油、綿の新品種開発における加工助剤として安全に使える」と結論づけた。 1994年に初めて販売され、1997年に生産が終了するまで数年間しか流通しなかった。 カルジーン社は歴史を刻んだが、費用の増大により利益を上げることができず、1997年春、最終的にモンサント社に買収された。
プロセスと開発
トマトの賞味期限は硬く熟した状態を保つ期間が短い。 この賞味期限は冬の栽培地域から北部の市場へ出荷される際に市場に届くまでの期間よりも短い場合があり、また、輸送中に果実が柔らかくなり、傷むことが多くなる。 トマトは熟した状態で収穫すると、寿命が短いため遠方の消費者に届く前に腐ってしまうことがある。 そこで、出荷用のトマトは未熟な状態、つまり「青トマト」の状態で収穫し、植物ホルモンの働きをするエチレンガスを使って、出荷直前に熟成を促すことが多い。 そのため、トマトの成熟が遅れ、味が落ちてしまうという欠点がある。
カルジーン社は、遺伝子組み換え技術によって、トマトの成熟プロセスを遅らせ、早すぎる軟化を防ぐとともに、トマトが自然の色と風味を保つことを可能にしようと考えた。 これによって、トマトは樹上で完全に熟し、しかも柔らかくならずに長距離輸送が可能になる。 カルジーン社の科学者たちは、アグロバクテリウム・ツメファシエンスという細菌の寄生体を改良して、フレーバーセーバーの植物細胞に遺伝物質を移し替えた。 この細菌は通常、そのライフサイクルの一部として、植物に外来遺伝子を「感染」させる。 有害な寄生遺伝子を細菌のTiプラスミドから取り除き、好みの遺伝子に置き換えたのである。
フレーバーセーバーは、β-ポリガラクツロナーゼという酵素の生産を妨害するアンチセンス遺伝子を加えることで、腐敗に対する抵抗力を高めている。 この酵素は通常、細胞壁のペクチンを分解して腐敗を促進し、果実を軟化させ、真菌感染による損傷を受けやすくする。
この点については、フレーバーセーバーは研究者を失望させる結果となった。 アンチセンスPG遺伝子は、保存期間にプラスの効果を及ぼしたが、果実の硬さには効果がなかったからである。 完熟した状態で収穫した場合、柔らかすぎて機械で確実に収穫・運搬することができなかったため、非組換えの完熟トマトと同様に収穫しなければならなかった。 その後、フレーバーセーバーと味の良い品種を古典的な育種で交配し、味を改善することでスーパーマーケットでプレミアム価格で販売することに貢献することになる。
また、フレーバーセーバーにはカナマイシン耐性遺伝子が含まれていた。 この遺伝子は、バクテリアの細胞や葉緑体に、カナマイシンを含む複数の抗生物質に対する耐性を与える。 カナマイシン耐性遺伝子は、トマトの作成段階で、科学者が遺伝子をうまく付加した植物を特定するために使われた。 カナマイシンは葉緑体に対して毒性があり、一部の植物にとっては致命的である。 研究者がトマトの苗を高濃度のカナマイシンに晒したところ、遺伝子を付加した植物だけが生き残った。
論争
米国食品医薬品局(FDA)は、これらの遺伝子組換えトマトは、非組換えトマトの本質的な特徴を備えているため、特別な表示は必要ないとした。 具体的には、健康被害の証拠はなく、栄養成分にも変化はなかったということである。 当時の方針では、遺伝子組換え食品または遺伝子組換え作物を原料とした製品は、重大な変更が加えられた場合にのみ表示が義務付けられていた。 そのため、市販されている遺伝子組換え製品の大半は、表示義務の対象外となっていた。
フレーバーセーバーは、義務化されていないにもかかわらず、遺伝子組み換えのラベルが貼られていた。 FDAのノーラベル政策に対し、消費者は「自分の購入する食品に何が含まれているかを知る権利がある」と考え、FDAは批判を浴び、何千という抗議文が寄せられ、表示に関するガイドラインを変更するよう求められた。 しかし、FDAはそれでも2022年1月までバイオテクノロジーに由来する食品の義務的な表示を実施することはなかった。
トマトの安全性をそもそも信用しない人もいる中、遺伝子工学について誤った知識を持つ人々がいたため、人々はフレーバーセーバーやその他の遺伝子組み換え製品が、人間の健康や環境に害を与える未知の可能性があるとして恐れたのである。
一部のシェフや食品流通業者は、フレーバーセーバーをボイコットし、店でのトマトの販売を拒否した。 反バイオテクノロジーの活動家であるジェレミー・リフキンは、「フレーバーセーバーは良性かもしれないが、有毒であることが判明するかもしれない 」と述べた。 彼は、消費者市場に遺伝子組み換え食品を導入することに反対する「ピュア・フード・キャンペーン」(Pure Food Campaign)を設立した。
1992年、海産物の検査を義務付ける連邦水産安全法案を支持しつつ、ピュア・フード・キャンペーンに反対し、遺伝子組み換えを良しとするシェフと長年オーガニック食材を扱い、遺伝子組み換えに反対するシェフたちのロビー活動が『環境政治がキッチンを熱くする』(Environmental Politics Is Making the Kitchen Hotter)という見出しでニューヨーク・タイムズに掲載された。 現在、ピュア・フード・キャンペーンは、少なくとも1,500人のシェフによってサポートされている。 啓発された彼らは最高で最も安全な食材を求め、遺伝子組換えされた食品のボイコットを約束している。
モンサント社による買収
研究・生産コストが高く、利益が少なかったため、1997年春にフレーバーセーバーを含むカルジーン社の全製品がモンサント社に2億ドル以上で売却された。 買収したモンサント社は、カルジーン社が持つある重要な技術の特許により興味を示し、フレーバーセーバーはその後棚上げされ、現在は生産中止となっている。
フレーバーセーバーの失敗は、トマトの栽培と出荷のビジネスにおけるカルジーン社の未熟さに起因するものとされているが、不買運動の影響も少なからずあると思われる。
イギリス
フレーバーセーバーを開発したカルジーン社がモンサント社に買収される前年からイギリスでは、ロンドンに本社を置く多国籍製薬会社のゼネカ社(現・COVID‑19ワクチンを製造しているアストラゼネカ社)がフレーバーセーバーと同様の技術を用いたトマトでトマトピューレを製造していた。
遺伝子組換えトマトを作る研究にはイギリスの遺伝学者であり、ノッティンガム大学の名誉教授であるドン・グリアソン氏が関わった。 このトマトの特性から、従来のトマトペーストより製造コストが安く、結果的に20%安くなった。 1996年から1999年にかけて、遺伝子組み換えトマト(Made with Genetically Modified Tomatoes)と明記された180万個の缶が、イギリス大手スーパーマーケットチェーンのセインズベリーズ社とセイフウェイ社で販売された。 一時は普通のトマトピューレより売れたが、1998年の秋には売れ行きが落ちた。
英国下院は、この売上減少は、遺伝子組み換え作物に対する消費者の認識の変化と関係があるとする報告書を発表した。 報告書では、製品表示と選択の認識、ロビー活動、メディアの報道など、いくつかの可能性のある要因を挙げている。 また、メディアの報道色が「根本的な変化」を遂げたのは、イギリスのローウェット研究所に所属するアーパド・パズタイ(Arpad Pusztai)博士が、遺伝子組み換えジャガイモを食べさせた動物実験における健康への有害な影響についてテレビで主張した後に解雇されたという有名な「パズタイ事件」を受けてのことであると結論付けている。 その後の査読とパズタイ博士の証言をもとに協議した結果、下院科学技術特別委員会は “ 彼の最初の主張は彼自身の証拠と矛盾する ”と結論づけた。 しかし、その結論を待つまでもなく、その間にセインズベリーズ社とセイフウェイ社は、自社ブランド製品に遺伝子組み換え原料を一切使用しないことを消費者に誓約した。